ジュノンボーイ出身ながら、「痛快TVスカッとジャパン」などでのコミカルな演技でお茶の間でも注目の戸塚純貴。福田雄一監督との出会いによる路線変更など、約10年に及ぶキャリアを振り返ってもらいました。

●知らないあいだに、母親が「ジュノンボーイ」に応募


――戸塚さんの幼い頃の夢は?

 野球選手でした。小学生のときに地元のリトルリーグに入り、中学生では軟式野球部に入って、高校まで続けていました。

 ただ、中学ぐらいから、クルマの魅力にとりつかれたので、将来は自動車整備士になりたいとも思っていました。

――クルマの魅力にとりつかれたきっかけは?

 ヒップホップ好きな兄の影響もあって、MTVで放送されていた「Pimp My Ride〜車改造大作戦!〜」(クルマ版「劇的ビフォーアフター」)という番組を見たのが、きっかけです。

 ボロボロのアメ車がイカしたクルマに改造されていく様を見るのが楽しくて、クルマに乗るというよりは、改造、カスタムする人になりたいと思ったんです。

――戸塚さんが知らぬ間に、お母さんは10年に行われた「ジュノン・スーパーボーイ・コンテスト」に応募されたそうですね。

 正直、勉強ができるほうではなかったんです。先生から自動車科のある高校を勧められたので、そこに進学して、専門的な知識を学びました。

 その後、遊びでバイクなどもいじるようになっていたのですが、就活のタイミングのときに、母親がジュノンボーイに応募したんです。

●「理想の恋人賞」から「イケパラ」出演の王道キャリア


――そのことを知って、戸塚さんの反応は?

 もともと、映画を観るのは好きだったんですが、高校時代は芸能界にまったく興味がなかったんです。でも、母親はめちゃくちゃそっちの道に進んでほしかったみたいで(笑)、後で聞けば、子供モデルとかにも応募していたみたいなんです。

 それで就活が上手くいっていないときに、書類選考通過の結果が届くということもあって、母親に「これも運だから、やってみたら?」と勧められて、だんだんとやってみようと思うようになりました。

――そして、「理想の恋人賞」を受賞。 翌年、同コンテスト同期のファイナリスト12人で結成された劇団「劇男JB」に参加します。

 僕自身、お芝居することは初めてだったんですが、メンバー内で最年長だったことで、根拠のない自信があって(笑)、ちょっと調子に乗っていたとは思います。

 ただ、事務所での演技レッスンがとにかく苦手で、その反動もあって、さらに頑張るようになりました。

――それで、オーディションに合格し、ドラマ「花ざかりの君たちへ〜イケメン☆パラダイス〜2011」や「仮面ライダーウィザード」に出演されます。

「イケパラ」の頃は、ジャージ姿でスーツケースを引きながら、岩手から通っていたのです。「ライダー」のときには上京して、本格的に活動する大きなきっかけになりました。

 右も左も分からないなか、1年間の撮影で、いろいろなことを学ばせてもらいました。マネージャーさんからは「映画版やイベントもあって、忙しいけれども、決して調子に乗らないように!」と、1年間ずっと言われていました。

●「ライダー」を経て福田雄一監督との運命的な出会い


――具体的に、どのようなことを学んだと思いますか?

「仮面ライダー」では、とにかく監督に怒られながら、数10テイクを重ねることで、お芝居を徹底的に学びました。まだ10代だったので、悔しくて、泣いてしまう日もありました。

 恥ずかしながら、毎朝現場に行くという当たり前のことが苦手だったんです。「遅刻で、誰かに迷惑がかかる」ということを考えるようになり、多くの人たちによって、ひとつの作品が作られるという根本的なことを理解できるようになりました。

――自身にとって転機となった作品や出来事を教えてください。

 14年、ドラマ「アオイホノオ」で福田雄一監督とお会いしたことです。この仕事をする前から、福田さんが脚本・監督した「THE3名様」という作品が好きだったんです。それで上京後に、福田さんの名前を知り、縁があって「アオイホノオ」に1シーンだけ出演させてもらったんです。

 最終的に、もう1シーン増えて、その後「私たちがプロポーズされないのには、101の理由があってだな」(福田雄一・演出)の木南晴夏さん主演回にも呼んでいただいたんです。それにより、自分の中で何かが大きく変わった気がします。

――具体的に、どのような変化があったのでしょうか?

 もともと「THE3名様」のようなコメディが好きで、それまでも与えられた役を面白くしようと思いながら演じていたんです。そんな簡単に認められるわけがないんですが、福田さんは僕の演技を喜んでくれ、面白くないものはハッキリ「面白くない」と言ってくださったんです。

 そして、「戸塚くんは負け芝居ができる」とも言ってくださいました。「負け芝居」とは、いわゆる表情などの受けのリアクション芝居なんですが、「自分の武器は何だろう?」と模索していた僕にとって、ちょっとした自信にも繋がったんです。

 〜次回は最新主演作の映画『ケアニン〜こころに咲く花〜』についても語っていただきます〜


戸塚純貴
(とづか・じゅんき)

1992年7月22日生まれ。岩手県出身。2011年、ドラマ「花ざかりの君たちへ〜イケメン☆パラダイス〜2011」で俳優デビュー。「ゼクシィ」史上初のCMボーイに抜擢され、'17年の映画『ケアニン〜あなたでよかった〜』では主演を務める。そのほか、『銀魂2』(18年)、『青の帰り道』(18年)、『MANRIKI』(19年)、『“隠れビッチ”やってました』(19年)。現在、ドラマ「死にたい夜にかぎって」(毎日放送)が放送中。4月9日より舞台「たけしの挑戦状ビヨンド」が上演。


『ケアニン〜こころに咲く花〜』

小規模施設から大型の特別養護老人ホームに転職した介護福祉士の大森圭(戸塚純貴)。効率やリスク管理を優先する大型施設ならではの運営方針に戸惑いを隠せないなか、認知症の美重子(島かおり)が入所。それまで妻を自宅介護してきた夫の達郎(綿引勝彦)は、施設を信用できず、担当となった圭にも厳しく当たることに。
4月3日(金)より、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか、全国順次公開。
http://www.care-movie.com/2/
(C)2020「ケアニン2」製作委員会

文=くれい響
撮影=鈴木七絵