「安仁屋宗八傳・沖縄の星8」響いた爪の負傷(前編)

「安仁屋宗八傳・沖縄の星8」響いた爪の負傷(前編)

 【安仁屋宗八傳8】(前編)

 1961年の「第43回全国高校野球選手権第一次地方予選沖縄大会」は7月2日、21校が参加し開幕した。

 沖縄高は金城賢明野球部長兼監督、上里正光常任コーチの「2頭体制」である。沖縄高の前評判は高い。琉球新報はこう評した。

 「投手の安仁屋は大会随一の好投手といわれ(中略)各校ともに沖縄高校をマークするのではなく、安仁屋一人をマークしている」

 沖縄高の前に立ちふさがるのは首里高である。エース比嘉と主砲翁長を擁する沖縄の伝統校だ。

 沖縄高は那覇高を1対0、北部農を7対0(七回コールド)と勝ち上がり、首里高も八農に不戦勝、読谷に15対5(七回コールド)と駒を進めた。

 両者は15日に準決勝でぶつかる。沖縄の高校野球関係者、ファンはこれが「事実上の決勝戦」と見ている。

 この決戦は当時の沖縄高校球界において「伝統校VS新興校」の図式となる。

 決戦を前に金城監督が、「この試合もらった。首里高はよく打つというが安仁屋の球は打てない」と言えば、首里高の福原監督は、「驚天動地の意気で戦う」と宣言している。

 首里高のかつての前身、沖縄一中は21(大正10)年、鹿児島での9校が参加した南九州大会に出場した。

 一中は決勝戦で鹿児島商業戦を制して見事優勝した。沖縄には薩摩の侵攻で琉球王朝が滅び、廃藩置県後も薩摩に支配されていた歴史がある。

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