「安仁屋宗八傳・沖縄の星17」父の胸打った“片言の日本語”(前編)

「安仁屋宗八傳・沖縄の星17」父の胸打った“片言の日本語”(前編)

 【安仁屋宗八傳17】(前編)

 1963年9月13日、「広島カープ」と契約した安仁屋宗八は飛行機のタラップから手を振った。グレーの背広姿である。

 あの日…安仁屋は東映(現日本ハム)・瓜生勝が差し出した名刺を見つめた。確かにスカウトとある。

 「人買いか…」

 試合には0対2で負けた。日本橋の宿舎に帰ると、大分鉄道管理局の沖誠哉監督から呼ばれた。スカウトが待っているという。

 「スカウト?」

 「人買いだよ」

 安仁屋、スカウトなる言葉を知らなかった。沖は言う。「沖縄に帰って両親に相談すると言いなさい」

 4球団による安仁屋争奪戦が始まった瞬間だった。夢にも思わなかったプロ入りが現実となった。

 瓜生に招待されて平和台球場で西鉄対東映戦を観戦した。沖縄に帰るバッグの中には水原茂監督らのサインボールが入っていた。

 既に西鉄(現西武)、大毎(現ロッテ)、広島が参戦。琉球煙草を通して、「安仁屋が欲しい」と申し入れてきた。中日からは会社に手紙が来た。住所は非公開である。

 どの球団も直接交渉に来ない。いや、来れない。当時の沖縄は米国の統治下にある。日本からはパスポートが必要なのだ。当時、そう簡単には出ない。

 広島は早くから沖縄の社会人野球の幹部を通し契約条件を伝え、さらに沖縄へのフィーバー平山(智)派遣を決めた。

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