「安仁屋宗八傳・沖縄の星18」ダメだ、こりゃあ。2軍だ…(前編)

「安仁屋宗八傳・沖縄の星18」ダメだ、こりゃあ。2軍だ…(前編)

 【安仁屋宗八傳18】

 ハアッ…?、広島監督・白石勝巳はあいさつに来た新人を見て、思わず言った。「おいおい、これで野球ができるんかい」

 ガーン!、新人は目の前が真っ暗になった。「オレはプロでやっていけるのか…」

 1963年9月中旬。広島入団時の安仁屋、身長は1メートル76センチあったが、体重は58キロ。あまりにも細すぎた。

 沖縄から大勢の人々の声援を受けて広島入りしたが、19歳の青年は不安いっぱいだった。

 環境は激変した。言葉、食事、習慣…いまの尺度で物事を考えてはいけない。当時、本土に来るのはパスポートが必要な時代で、外国のようなものだ。

 広島は当時から新人教育には厳しい。だが限定1カ月で、父宗英が三篠の合宿で同居した。考慮したのだ。

 2軍では“鬼”が待っていた。藤村隆男投手コーチ(※)だ。

 安仁屋の4歳上の先輩、大羽進はこう語る。「けんか腰で選手を鍛えた。特にノックがね」と述懐した。そして続けた。「安仁屋君、今は感謝しているでしょう」

 ショートノックはネットの前で30本以上、休まず捕る。ロングはポールからポールまでで、藤村はそう簡単に処理できない打球を上げる。連日だ。高校・アマとは練習の質が違った。

 チームメートは「いつ倒れるか」の賭けをしている。安仁屋は宗英に弱音を吐いた。父はこう諭した。

 「せめて1年は辛抱しなさい」

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