「安仁屋宗八傳・沖縄の星21」あと1人で逃したノーヒッター(前編)

「安仁屋宗八傳・沖縄の星21」あと1人で逃したノーヒッター(前編)

 【安仁屋宗八傳21】(前編)

 那覇市松尾にある安仁屋宗八の実家。深夜。家人は就寝中だ。母ミツは玄関先で音がしたと思った。

 だれもいない。宗八がいまにも、広島から「ただいま」と帰ってくる気がしてならない。本土で苦労する息子が心配なのだ。

 ミツが一安心したのは安仁屋が3年目のオフ、帰郷した時だ。聞き慣れない言葉を使った…広島弁だった。息子は「巨人キラー」で有名だった。それでも心配だった。

 安仁屋が「巨人キラー」であることを球界や野球ファンに強く印象づけたのは、その3年目の1966年7月31日の巨人18回戦(広島市民球場)だった。

 この年から安仁屋は巨人戦を中心に登板した。前年、監督となった長谷川良平からこう聞かれていた。

 「名前を残したいか、それとも成績か」

 巨人キラーで名前を残すか、それとも勝ち星優先か。二者択一。

 「お任せします」

 長谷川は巨人戦にローテを合わせた。

 安仁屋、前年は、9勝したが、3勝までが巨人戦だった。

 この試合まで絶不調だった。巨人相手に3勝を挙げたが、以後は4連敗。3勝7敗だった。2軍落ち危機。

 投げ合う相手は堀内恒夫だ。高卒新人ながら開幕から13連勝中で、日本新の14連勝を狙っていた。

 徳俵に足をかけての巨人戦先発。だが、安仁屋は、またもや“ここぞ”の場面で素晴らしい投球を見せた。

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