「伝説のスカウト・木庭教20」ドラフトとは“縁”(前編)

「伝説のスカウト・木庭教20」ドラフトとは“縁”(前編)

 【伝説のスカウト・木庭教20】(前編)

 ドラフトとは“縁”だ。生前、木庭教の話を聞きながら、そう感じたことがあった。

 1976(昭和51)年、カープはドラフト4位で日本楽器(現ヤマハ)の立野政治投手を指名した。「変化球はもうひとつじゃったが、伸びのある直球でね。高校卒業して社会人入りしたあとだから、まだ20歳そこそこ。伸びしろ十分と評価して指名したんじゃが…」。

 会社側(日本楽器)がプロ入りを認めなかった。まだ入社して貢献が少ないというのが理由だった。木庭は1年、見送ることにした。

 ところが都市対抗の予選を見に行くと、オーバーハンドの立野が横から投げていたという。関係者に尋ねると、腕が肩の線から上がらない状態になっているという。

 「そこで会社に話して、ある名医のところに連れて行った。でもそれ以来、球威は戻らんかった」

 当時、前年に指名した球団の権利は翌年の会議前日まであった。その期限日に木庭は、改めて立野に入団の打診を試みた。「高い金はよう出さん。その代わり、治療だけは目一杯してあげる」と。返事はノーだった。

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