「伝説のスカウト・木庭教24」したたかさ(前編)

「伝説のスカウト・木庭教24」したたかさ(前編)

 【伝説のスカウト・木庭教24】(前編)

 一度「獲りたい選手」と腹をくくれば、たとえ所属する会社(社会人)と喧嘩(けんか)してでも獲る。言葉は乱暴だが、カープでスカウト部長を務めていた木庭教は、そんな“したたかさ”を常に持っていた。

 1980(昭和55)年のドラフト1位、川口和久ばかりではない。84年の同2位だった正田耕三(当時、新日本製鉄広畑)のときも、会社側は「将来の幹部候補」とまで公言して入団を拒んだが強行した。生前、木庭はこう語っていた。

 「チームの柱になる選手を獲られるのだから、会社側の気持ちもわかる。でもプロとアマの間で、高校卒は3年、大学卒は2年と指名猶予のルールがある。それを破る気はないが、期間を満了させて本人がプロに行きたい言うなら、少々、会社と喧嘩しても獲るのが間違いか?」

 進学ならともかく、木庭にとって「会社残留」は制約でもなんでもなかった。正田のときも、本人と直接、連絡を取り、正田の気持ちを確かめた。

 「プロに入っても、絶対に成功するとは限らない。会社に残った方が幸せかもしれない。それを覚悟で、プロに来るか?」


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