貴ノ花初優勝(後編)

貴ノ花初優勝(後編)

 翌日の新聞には予想どおり「兄から弟へ涙の大旗」の見出しと写真が躍った。

 それはそうだけど…なにかふっきれぬ思いを抱いたまま、貴ノ花の一夜明け会見場に臨んだ。大関になったはいいが、常時110キロ前後の軽量の悲哀、9勝6敗ないし8勝7敗の成績が続き“クンロク”大関の異名をとった。しかし軽量がゆえのサーカス相撲、さらには栃錦と一時代を築いた兄の人気も尾を引いて、勝っても負けても貴ノ花の記事は要求された。

 負けた日は格別だが勝っても、負けても貴ノ花は無口を貫いた。「咳をしてもひとり」なんて自由律の俳人もいたが、貴ノ花の場合それこそ、「しわぶき一つで70行」といった感じで、記者修行には難解かつ、もってこいの対象といえた。

 日ごろの無口が嘘のように貴ノ花はよくしゃべった。「優勝したから立派だとは、言われたくない。髷(まげ)を切った後に、立派な相撲とりだと言われたい。本当に大変なのはこれからなんだ」

 前日の、兄の対応を、個人的なわだかまりを払拭して余りある弟の気のこもった発言に心がなごんだ。

 それから6年後、これまた兄のはさみで髷を切った。切った後、2人の息子を横綱に育て上げた。優勝はたった2回だけど、自らは横綱になれなかったけれど、貴ノ花は十分に立派な相撲とりだった。

 歓喜渦巻いたあの春から、40数年。貴ノ花もその兄も、そして北の湖も鬼籍に入った。いままた、相撲人気が謳歌される時、栃・若、大鵬時代もさることながら、あの春が小生のなかでは相撲に関わる一切の原点となっている。(終わり)



【1970年代】貴ノ花

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