山口組の被災者救援活動(後編)

 内部へは最初に面会を依頼した秘書役らしい幹部が案内してくれた。応接間と思しき部屋に案内されソファーに座った。渡辺組長は帽子を取り、こちらの質問に一つひとつ丁寧に応じた。困っている人がいるから自然発生的に支援をしようと思い立った、そのための機動力と物資が山口組にはあった、売名などというのは考えてもいない、というようなことを質問に答える形で組長は話した。

 「人助けに理屈はいらん」というのが締めだったと記憶している。「水や物資を配っている所で組長の写真を撮りたいのだが」という依頼には「私は裏方でいい。若い者が表にいるから」とやんわりと断られた。ごく普通のやりとりだったと覚えている。

 渡辺組長の取材を終え、仮住まいの神戸市西区の本社へ帰ったが、それからが大変だった。編集会議では記事掲載について「被災者支援とはいえ、暴力団の活動を正当化して報道するのはどうか」という至極当然の意見が出た。

 三日三晩の会議が行われた。様々な意見が出た。デイリースポーツとしての(1)活動自体を否定しない(2)組織暴力を美化しない(3)震災被害の支援を受けた市民の感情を重視する、などの合意をもって、渡辺組長の単独インタビューという形で1月30日に掲載した。

 山口組の震災時の支援活動を記事にしたことについて、その是非は今も自身の中では分からない。取材を受けてくれた渡辺組長は震災から10年後の2005年に山口組の歴史としては異例の生前引退と言う形で組長を退き、12年71歳で死去した。支援物資の仕分け作業の合い間に熱く語った「大切なんは温(ぬく)もりや」という言葉を今も忘れない。(終わり)



【1990年代】山口組

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