藤村富美男排斥事件の真相(後編)

 選手の言うことの筋が正しい。

 「けどオレは取り合わなかった。みんなオレに構わず交渉しろ。今から思えばなァ、まずかったよな」

 それが排斥につながったのだという。当時私の初任給は8100円。残業を入れて1万2000円がやっとだった。支給は月の10日に本給の5分の1。貧富の差はなく、戦後10年来、みんな貧しかった。日雇い労働者の日給が240円、これを称してニコヨンと言った。

 人間、命の次に大事なのは“金”だという。今も昔も変わらない。金にまつわる話はヤマほどある。

 巨人に水原という監督がいた。格好よくて話好きで。甲子園に来ると選手や役員の喫茶室でよくお茶を飲んだ。

 「最近の阪神はどうかねぇ。チームはまとまっているの?」

 支払伝票は、女の子が大体年上のところへ置く。この場合、払うのは水原である。ところが話している間、彼の右手はテーブルの上を器用に動き回った。いつの間にか伝票は私のコーヒーカップの横に届いているのだ。

 水原にコーヒー一杯おごってもらったら大記者と言われたおかしくもわびしいお話。

 さて対照的な藤村が晩年ポツリと言った。

 「けどなァ、この世はやっぱり金やで。ゼニ持っとらなアカン」

 ナゼか?あの世で書く。(終わり)



【1950年代】藤村富美男

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