「ON」命名秘話…長嶋茂雄と王貞治(前編)

「ON」命名秘話…長嶋茂雄と王貞治(前編)

 日本プロ野球史に残る最強の打撃コンビ、長嶋茂雄と王貞治。2人を「ON」との呼称で初めて報じたのがデイリースポーツだった。時は東京五輪を目前に控えた1962年。誕生の経緯を元整理記者・松本克己が明かす。=敬称略=

  ◇  ◇

 東京本社の編集局は当時、港区の芝田村町にあった。雑然と並ぶ机や椅子。足下には書き損じの原稿用紙が丸めて捨てられ、それを蹴飛ばしながら階下の印刷フロアまで走る毎日だった。

 2年後に東京五輪開催が迫っていた62年の夏。プロ野球では巨人に新しいヒーローが誕生しつつあった。長嶋の背中を追うようにスラッガーとして台頭してきた王だ。

 師匠・荒川博との凄まじい特訓で会得した一本足打法によって、長嶋とはまた違う長距離砲としての才能を開花させる。

 昨日も打った。今日も打った。王が打てば長嶋も打つ。巨人担当の記者が送ってくる原稿は連日、2人の活躍のことばかり。

 「…いつも似たような見出しやな。何か気の利いたものはないかなあ」

 関西から転勤してきて4年目。紙面を製作する整理部にいたこちらとしてみれば、少々手詰まりも感じていた頃だ。会社の近くにある行きつけの喫茶店で同僚たちとワイワイやりながら、頭を絞って「何か」を探していた。

 巨人担当の西野友晴記者も加わって唸っていたところに、英語に堪能な同僚が「これ、アメリカの新聞だけど」。そう言って投げて寄越した紙面に「MM」の文字が−。

 ヤンキースの3、4番だったマントルとマリスの、それぞれの頭文字を取って表現した見出しだ。なるほど、じゃあ王と長嶋ならオーとエヌで「ON」か。いいねえ!ONでいいんじゃないか!※(中編)に続く



【1960年代】ON砲


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