江川を指名した阪神豪腕社長・小津正次郎(前編)

江川を指名した阪神豪腕社長・小津正次郎(前編)

 かつて「ブルドーザー社長」の異名を取り、番記者から恐れられた豪腕社長がタイガースにいた。小津正次郎は、阪神の歴史を語る上で外せないドラフトでの江川指名や、田淵を放出した大型トレードなどで辣(らつ)腕ぶりを発揮した。元トラ番記者の橋本進が社長誕生とその人柄について余すことなくつづった。=敬称略=

  ◇  ◇

 「エッ!?そんなバカな」

 一瞬頭の中が真っ白になった。1978年、阪神が用意した球団新社長就任の会見上でのこと。なぜそんなに驚いたのか。それはタイガースの再建を図るために新社長に就任したのは、フィクサーと思い込んでいた小津正次郎だったからだ。後にトラ番から「ブルドーザー」と呼ばれる名物社長だった。

 岡崎常務の昇格人事が発表されると決め込んでいた。だが実際は、小津が目の前で新社長としてタイガース再建論を語っている。「これからはすべて私の責任で決定し、オーナーには結果を報告するだけになる」。3億円をかけて尼崎の浜田車庫跡に練習場の建設などをぶち上げていたが、会見中こちらは放心状態だった。

 ネタ元との出会いはさかのぼること1年前の77年。吉田監督3年目のこの年、巨人に21ゲームの大差をつけられ4位に終わっていた。球団社長の長田睦夫は吉田続投の意向だったが、ファンの抗議に耐えかね、吉田もついに辞表を出した。そんなころ、デスクの政岡基則に呼ばれた。

 「電鉄本社の重役で“陰の実力者”と呼ばれる小津さんという人がおるらしい」

 甲子園近くの自宅を訪ねた。常務の小津は言った。「オレは長田をかばってやらんとあかんのよ」

 小津と長田、電鉄本社へは36年の同期入社。奇しくも阪神が誕生した年でもあった。旧制高松高等商業時代の野球経験を買われ、長田とともに練習の手伝いに行っていたという。タイガースへの熱い思いを語るとともに“かばう”の言葉を口癖にした。

 次に訪ねたとき、次期監督の有力候補の名前を挙げてみた。その答えはこうだった。「そんなん書いたら恥かくぞ。球団にそんな考えがあるなら、オレのところに報告が来とるよ」。“陰の実力者”を物語る言葉だった。※(中編)に続く



【1970年代】小津正次郎


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