衝撃の「田宮二郎猟銃自殺」とは何だったのか(前編)

衝撃の「田宮二郎猟銃自殺」とは何だったのか(前編)

 プロ野球界が「江川問題」で揺れていた1978年の暮れ、俳優・田宮二郎(享年43)が主演ドラマ「白い巨塔」の放送期間中に自ら命を絶った。日本中に衝撃が走った自殺。真相はやぶの中だが、親交のあった元映画担当記者は田宮が亡くなる10年前に2人きりで深夜のドライブを体験していた。その車中で垣間見た“人間・田宮”の素顔を証言する。=敬称略=

  ◇  ◇

 私は映画記者として大映を担当した。“カツライス”と称された勝新太郎と市川雷蔵の二枚看板で一時代を築き、京マチ子、山本富士子、若尾文子といった名女優を輩出した映画会社だが、一番親しくしてくれた俳優は3歳年下の田宮だった。そんな彼が映画界を追放された不遇の時期に、なぜか誘われて同乗した深夜のドライブを今も覚えている。

 68年、田宮は映画の宣伝ポスターの序列をめぐって会社の経営陣ともめ、大映を解雇された。当時は五社協定があり、田宮を使うなという通達によって他社の作品にも出られず、事実上の追放処分。33歳の映画スターは行き場をなくしていた。

 「僕は狙われている」。その頃、田宮から物騒な言葉を耳にしていた。「『夜中に怪しい車が付けてくる』などと言っているらしい」とデスクからも聞かされ、私は彼の自宅を訪ねた。まだ小さかったが、後にテレビで司会などをやる息子さん(長男・柴田光太郎)も家におられた。

 「僕はこれから出かけるけど、一緒に乗ってく?」。田宮に誘われて助手席に乗った。2人きりのドライブだ。田宮は運転しながら、「僕はそんなことしてないんだけど、狙われている」と言うのだが、なぜ“狙われている”のかは話さない。とにかく何らかのトラブルがあって、ひどく孤独になっていることだけは確かだった。※(中編)に続く



【1970年代】


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