長嶋茂雄のアメリカ珍道中同行記(後編)

長嶋茂雄のアメリカ珍道中同行記(後編)

 取材の申請はしていないため、フジテレビのスタッフさんのツテを頼ってチケットを入手した。

 12日(現地時間)、第1戦を観戦したコラムの書き出しはこうだった。「左手にバドワイザー・ビール、右手にはホットドッグを持ってメモリアル球場に乗り込んだ」

 いま読み返すと、赤面するが、初めて生でメジャーの試合、それもワールドシリーズを観戦できたうれしさが出ていたと思う。

 時差と闘いながらの出稿となった。同時に、早朝からホテルのロビーで長島さんの動きをチェックする。

 取材陣には野球評論家だった長池徳二さんの姿があった。師匠の青田昇さん(故人)が「長島大洋」実現の際は打撃コーチに推すつもりだった、長池さんは自費での同行だ。

 フィラデルフィアでは2人が早朝、ランニングをして、その後を追いかけた。革靴で早々に断念したが。

 取材旅行も最後に来て、私はケジメをつける必要があった。長島さんの去就問題への答えである。

 ワールドシリーズ終了後、ニューヨークのホテル。思い切って直撃取材した。

 デイリースポーツ83年10月18日の紙面には深夜直撃インタビュー 衝撃発言『行動起こす』の見出しが躍っている。

 長島さんとのボルティモアからフィラデルフィア、そしてニューヨークの取材は10日間にわたった。

 振り返れば、この一言を取るための取材だったような気がする。

 長島さんは11月9日に「大洋入り断念」の声明を発表した。

 後にこう語った。「一時はユニホーム挑戦を迷いました」

 断念の裏側はまたの機会に譲るが、28歳の闖入者はいまでも35年前に長島さんにあいさつした時のことを鮮明に覚えている。(終わり)



【1980年代】


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