田村にとってもラストラン。このレースが終われば引退が決まっていた。ライダー魂が途中でマシンを捨てることを許さなかった。だが、たとえピットに戻れたとしてもマシンは2度と息を吹き返さない。紳助監督が誰よりも分かっていた。

 追い越していくマシンの爆音。一瞬、途切れたときに紳助監督はさけんでいた。

 「行け!押せ」

 マシンをピットまで連れて帰ってこい、監督として最後の指示だった。

 固唾(かたず)をのんで見守っていたファンから拍手が起こった。田村は笑顔でマシンのところに戻っていった。

 「どうしょうもないやつや」

 指揮官は涙にぬれた顔をタオルで隠して思わずつぶやいていた。

 結局、チームシンスケのラストランは73周目でリタイア。レース後にはチームメート全員でタキシードを着て“卒業式”を行ったらしい。

 らしいというのは原稿を書いていて見られなかったから。カメラマンから伝え聞いた。

 全身がしびれるほどの感動だったが、デスクへの必死のアピールも届かず。紙面は5面の隅に載っただけだった。

 ようやく出稿を終え、不完全燃焼の気持ちでピットを見て回った。向こうから平忠彦が歩いてきて握手を求められた。

 「ありがとう!」

 ポンポンと肩をたたかれた。慌てて「お疲れさまでした」と言うとインタビューでは見られなかった笑顔を見せてくれた。

 涙と笑顔。鈴鹿8耐は熱かった。(終わり)



【1990年代】