デイリースポーツにおいて1面と終面の連版で扱うのは、よほどの出来事。しかも阪神タイガース以外となれば、なおさらだ。2005年の菊花賞を圧勝し、シンボリルドルフ以来21年ぶり、史上2頭目となる「無敗の三冠馬」となったディープインパクトが同年暮れの有馬記念に出走。単勝1・3倍の断然人気を集めながら2着に敗れた。関東から出張し、同馬が調整する栗東トレセンで週中に取材に当たった和田剛は、何とも言えない違和感を抱いていた。

 出張先に到着するなり、耳を疑うような言葉が飛び込んできた。「あしたは大変やで。ディープ陣営が出走取消の会見をするかもしれん。風邪をひいたってうわさや」

 当時の中央競馬は完全な西高東低。G1レースでは、関西馬が調整する滋賀県の栗東トレーニングセンターへ、関東の記者が出張して取材に当たるのが当たり前になっていた。

 無敗の三冠馬となったディープインパクト一色の2005年有馬記念が行われるその週も、水曜早朝に行われる最終追い切りに備えて前夜に栗東入り。マスコミ関係者が宿泊する「愛駿寮」の食堂では各社の先輩記者が酒盛りの真っ最中だった。そこで聞こえてきたのが、冒頭の言葉だ。

 結局、翌朝に何事もなかったかのようにディープは追い切りを行い、陣営は不安なしを強調した。翌日の各紙には「満点」「不安なし」の見出しが躍ったが、あの言葉を聞いていたからだろうか、騎乗した武豊の「(前走の)菊花賞の時が良すぎたから、ちょうどいい」という物言いが引っ掛かっていた。

※(中編)に続く



【1990年代】