「仰木彬外伝12」仰木流データ野球(後編)

 【仰木彬外伝12】(後編)

 若手捕手だった古久保健二はこう言って苦笑する。「ある日の阪急戦で左の星野(伸之)と対戦し、完璧に抑えられた。そんな九回、4番を打っていたブライアントの代打で僕ですよ!!ビックリでしたわ」。88年途中から入団するラルフ・ブライアントは、星野を大の苦手にしていたが、それでも一発長打のある4番に代打とは…。驚きの周囲をよそに、仰木は平然としていた。

 投手との相性を考えた打線を組むという基本的な考えから、前の日に猛打賞を記録するなど好調の選手を外すことなどザラ。オリックス監督1年目の1994年は、何と130試合中、121試合で違うオーダーを組んでいる。そんな“日替わり打線”には、当然選手の反発もあった。

 当時の広報だった横田昭作は「仰木さんは打てる確率の高いところで使ってやった方がその選手にとってもいい、という考え方でやってました。『その方がどっちも給料が上がるやないか』って」と証言する。そこには、選手個々の能力を適材適所で最大限に生かしたい、という思いが隠されていた。

 時に非情にも見えたデータ野球は、しばしば世間をアッと言わせる奇跡のドラマを演出した。それが世に“仰木マジック”と呼ばれることになる。=敬称略=


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