「仰木彬外伝16」打倒西武の信念(後編)

 【仰木彬外伝16】(後編)

 この6年後の1994年にオリックスの監督に就任した際も、“打倒西武”を掲げて選手、球団関係者にその意識付けをしている。

 当時の広報担当だった横田昭作は「1995、96年はもう森さんはいなかったですけど、こと西武戦に関してはむちゃくちゃ気合入ってましたよ。『とことんいかなあかん!!』とよく言ってましたから」と話す。西武の監督が常勝を誇った森から東尾修(※2)に代わっても、仰木の固い信念は変わらなかった。

 弱者が「知恵と勇気」で強者を倒す−。仰木の戦いざまにファンが感動を覚えたのは、判官贔屓(びいき)の日本人とすればある意味当然のことだったかもしれない。=敬称略=

 ※1…1978年に監督、ヘッドコーチのコンビでヤクルトを日本一に導き、西武でも82、83年と連続日本一に。85年吉田阪神に敗れて日本一を逃し、広岡監督は退任。森監督になった翌86年から9年間でリーグ優勝8回、日本一6回の黄金時代を築いた。共に徹底した“管理野球”を貫いた。

 ※2…元西鉄、西武で通算251勝した大エース。1995年に西武監督に就任し、97、98年とリーグ連覇した。ドラフトで春夏連覇の横浜・松坂大輔を引き当てる。娘は東尾理子、婿はタレントの石田純一。


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