「仰木彬外伝20」ボスへの忠誠心(後編)

 【仰木彬外伝20】(後編)

 当時の球団通訳・藤田義隆は「三振をしても三振をしても仰木さんはブライアントを試合で使い続けた。中日時代に1軍の試合に出られなかった彼には、これがうれしくてたまらなかったんだと思います」と話す。ここから次第に“ボス・オオギ”に対する忠誠心が生まれていった。

 この88年は途中入団で34本塁打を放った。後述する「10・19」でV逸が決まった後の残念会。ナインが涙に暮れる中、B砲は「なぜ泣くんだ?俺は涙は出ない」と、藤田に語ったという。

 翌89年、49本塁打を放って本塁打王、MVPを獲得して宿願を成就した。特に、10月12日の西武ダブルヘッダーは球史に名高い。「アンビリーバブルな4連発」は、今でも語り草になっている。悔しさは次に晴らす−。藤田は「あの時、彼が涙を見せなかった意味がわかった気がしました」と、懐かしそうに振り返った。

 仰木が人生最後の指揮を執った2005年、打撃コーチにブライアントを招へいした。「目玉を作りたい」と考えた“師”の希望に即座に“弟子”も応えた。2人はウマが合う師弟だったのだ。=敬称略=


おすすめ情報

デイリースポーツ 関西ゆかりの人間物語の他の記事もみる
主要なニュースをもっと見る
社会のニュースをもっと見る
経済のニュースをもっと見る
政治のニュースをもっと見る
国際・科学のニュースをもっと見る
エンタメのニュースをもっと見る
スポーツのニュースをもっと見る
トレンドのニュースをもっと見る
生活術のニュースをもっと見る
地域のニュースをもっと見る

いまトピランキング

powered by goo いまトピランキングの続きを見る

エンタメ アクセスランキング

ランキングの続きを見る

エンタメ 新着ニュース

新着ニュース一覧へ

総合 アクセスランキング

ランキングの続きを見る

東京 新着ニュース

東京の新着ニュースをもっと見る

東京 コラム・街ネタ

東京のコラム・街ネタをもっと見る

特集

特集一覧を見る

記事検索