「制球王小山正明7」昭和28年夏の“奇跡”(後編)

 【制球王小山正明7】(後編)

 松木はすぐ1軍メンバーとして登録する。無印だった背中に背番号「6」がつく。そして「14」「47」と変わっていき、小山はエースの座を不動のものにする。

 当時、1軍選手の給料の最低条件は1万5千円。この規約に則って小山の月給はこれまでの5千円に1万円が上乗せられた。

 このシーズン、小山は5勝(1敗)し、翌年は月給が3万円になった。夏8月の1軍登録で16試合(先発10試合)も投げた。チーム2位に小山の5勝が大きく貢献した。

 「俺の見立てもたいしたことがねえな。練習用くらいなら獲っていい、と球団に報告してたもんな。いやいや大魚を逃がすところだった」

 のちの阪神OB会で小山の話になると、松木謙治郎は本当に頭をボリボリと掻いた。

 昇格が決まった日。朗報を持って小山は明石市の自宅に戻り、興奮しながら昇格を両親、兄姉に告げた。家族から歓声があがった。

 父親の英一は少し咽(むせ)びを堪えていたし、母親の千代子は小山の話に「うん」「うん」「うん」と頷くしかせず、ほかの言葉を使えなかった。

 この年の2月、阪神の合格通知書を持って洋松ロビンスの宿舎を親子で訪ね、新田恭一と小西得郎両監督に礼を尽くした。

 帰途、英一は「食事にお金をかけなさい」と言った。=敬称略=


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