2010年のサッカーW杯・南アフリカ大会で、北朝鮮代表チームを44年ぶりの本大会出場に導いた金正勲(キム・ジョンフン)監督が粛清され、妻子とともに失踪したとの情報が出ている。

発信しているのは脱北者出身で、韓国紙・東亜日報の敏腕記者であるチュ・ソンハ氏だ。同氏が東亜日報のコラムや米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)、自身のブログで伝えていることころでは、金監督はW杯後、朝鮮人民軍傘下の4・25体育団サッカーチームの2軍監督に就任していたが、数カ月後には妻子とともに粛清され、姿を消した。行き先は分からないが、管理所(政治犯収容所)に送られた可能性が高いとしている。

だが、粛清の直接の理由は、監督としての実績の問題ではない。同監督はW杯終了後の一時、ポルトガルに0対7で惨敗した責任を問われ強制労働に送られたとの情報が出たが、彼の妻が方々の有力者に除名を嘆願する過程で、金正恩党委員長の母・高ヨンヒ氏と親しかった過去に言及したのだという。

高ヨンヒ氏は大阪生まれの元在日朝鮮人であり、そのことは北朝鮮でタブーとされている。そこに触れてしまったことで、金正恩氏が激怒したのではないかということだ。金正恩氏は、妻・李雪主(リ・ソルチュ)氏の過去を噂したとされる芸能人らを、きわめて残忍な形で処刑した。

実母のタブーに触れた人物に怒りを爆発させたとしても、不思議ではない。

金監督は前述したとおり、W杯終了後に強制労働に送られたのではないかとの報道が一部で出ていた。ただ同じ年の11月、金監督がアジアサッカー連盟(AFC)主催の行事に参加したことで、この疑いはいったん払しょくされたとされる。

しかしチュ・ソンハ氏によれば、強制労働は事実だった。これは恐らく金正恩氏の指示ではなく、他の高官が次期最高指導者に内定していた金正恩氏の歓心を買おうとしたのではないかという。ただ、強制労働疑惑の報道が出たことで、国際サッカー連盟(FIFA)やAFCが反応。ことが大きくなり、北朝鮮当局としては監督を復帰させざるを得なくなったとのことだ。

ところが、今度は妻の言動が問題にされてしまった。妻は、北朝鮮芸術界の最高峰に位置する万寿台(マンスデ)芸術団の舞踊家出身で、やはり舞踊家だった高ヨンヒ氏とも親しかったという。妻としては、夫を救うために必死で運動したのだろうが、それが裏目に出てしまった。

一方、チュ・ソンハ氏の情報には、疑問に思える部分もある。同氏は南アフリカから帰国した金監督が、空港に降り立つや否や連行されたと書いている。しかし北朝鮮サッカーの事情通によれば、当時の代表チームは帰国後、報告会のような行事に出ており、その場に金監督もいたらしいのだ。細かいことだが、粛清説は確認されたものではないということだ。

いずれにせよ、金監督にも彼の妻子にも、われわれの常識で言うなら何の罪もない。現在のところ、この粛清説を伝えているのはチュ・ソンハ氏ひとりのようだ。いっそ、この話が間違いであってくれればと思う。