【思い出の聖地】高松商・十河徳行さん(第58、59回出場)   

【思い出の聖地】高松商・十河徳行さん(第58、59回出場)   

 高松市の繁華街でスポーツバー「ワンス・アポン・ア・タイム」を営む十河徳行さん(59)は、名門・高松商の主砲として春夏3度の甲子園を経験した。

 2年生だった1976年春は1回戦で崇徳(広島)に敗れ、同年夏も初戦で延長14回の末に銚子商(千葉)に惜敗。そして77年夏、自身3度目の甲子園は初戦で愛知の名門・東邦と激突した。

 東邦のエースは、のちに“バンビ”の愛称で大フィーバーを巻き起こす1年生右腕の坂本佳一。「紅顔の美少年。体は細くてニコニコしながら投げるんだけど、フォームはダイナミックで球に伸びがあった」と十河さんは振り返る。

 高松商は初回、守りにミスが出ていきなり3点を失った。焦りが漂い、打線は坂本の球を打ちあぐねた。

 「坂本は真っすぐでどんどん内角を攻めてきた。その球がナチュラルにシュートして、みんな詰まらされていました」

 4番の十河さんは初回の第1打席が左邪飛。四回の第2打席では空振り三振を喫した。ミート力には自信があったが、思い切り振ったバットは空を切った。「フルカウントからの外角直球。ストライクゾーンの球にかすりもしなかったのは、あれが初めてだったと思う」。それほど坂本の球には力があった。

 七回の第3打席では左中間二塁打を放ったが、九回の第4打席は三邪飛に倒れた。最後の夏は4打数1安打。チームは2−6で敗れ、十河さんは3度目の甲子園も初戦敗退に終わった。

 「やっぱり1回は勝ちたかった。悔しさいっぱいの甲子園です」

 高松商卒業後は社会人の日本石油で9年間プレー。27歳で現役を引退し、2年間の料理修業を経て地元・高松で店を開いた。

 一方、東邦の坂本は、高松商を下したあと決勝まで勝ち進み準優勝。卒業後は法大を経て日本鋼管に進んだ。日本石油と日本鋼管は、ともに神奈川県を本拠とするライバルチーム。甲子園で戦った2人の交流も続いた。

 「若いころはよく一緒にメシを食った。引退したあとも、バンビが出張で高松に来たことがあって、昔話をしながら食事しました」

 今もときどき、店で41年前の試合のビデオを流す。「やっぱりバンビはかわいくて、いい球を投げるなあ」。そんな話で客と盛り上がる。



 十河徳行(そごう・のりゆき)1959年4月8日生まれ、59歳。香川県高松市出身。鶴尾中から高松商に進み、1年秋からレギュラー。強打の一塁手として活躍し、2年春夏、3年夏に甲子園出場。卒業後は社会人の日本石油で9年間プレー。現在は高松市瓦町でスポーツバーを経営。

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