【思い出の聖地】済美・外野手 甘井謙吾さん(第86回出場)

【思い出の聖地】済美・外野手 甘井謙吾さん(第86回出場)

 2004年春に創部わずか3年目でセンバツ優勝の快挙を達成した済美。夏も愛媛大会を制し、春夏連覇の夢に向かって甲子園で快進撃を続けた。

 1期生部員で強打の1番・中堅手だった甘井謙吾さん(32)は「センバツで優勝したあと、練習がものすごく厳しくなった」と振り返る。上甲正典監督(故人)の指導の下、壮絶なトレーニングは毎夜10時を過ぎても続いた。「照明の明かりで稲が早く育ちすぎる」と、グラウンド近隣の農家から苦情が来ることもあったという。

 済美は初戦で秋田商(秋田)、2回戦で岩国(山口)に快勝。準々決勝・中京大中京(愛知)戦では甘井さんが初回に先頭打者本塁打を放ち、2−1で競り勝った。準決勝は終盤の逆転で千葉経大付(千葉)を5−2で下した。

 決勝の相手は駒大苫小牧(南北海道)。上甲監督は前夜のミーティングで「創部3年目で春夏連覇したら、永久に破られない記録になるぞ」とナインを鼓舞したという。一方の駒大苫小牧も北海道勢初の優勝がかかっており、「球場全体が駒大苫小牧を応援している感じだった」と甘井さんは思い出す。

 試合は激しい打ち合いとなった。済美は序盤に5点を奪ったが、連投の2年生エース・福井(現広島)が駒大苫小牧につかまり、猛反撃に遭った。

 一進一退の攻防は10−13で九回裏へ。3点を追う済美は先頭の9番・福井が二塁打を放ち、1番の甘井さんもこの試合4安打目となる左前打で続いた。そのあと併殺打と四球で2死一、三塁に。一発が出れば同点のチャンスで、4番・鵜久森(現ヤクルト)が打席に立った。

 「鵜久森まで回せば逆転できると思っていた」と甘井さん。しかし祈りは届かなかった。鵜久森が放った打球は高々と舞い上がり、相手遊撃手がキャッチ。済美の夏は、準優勝で幕を閉じた。

 激闘から14年。現在、愛媛銀行に勤務する甘井さんは「春夏連覇したかったと、今でも思います」と語る。

 数年前から高校野球中継の解説も務めており、100回記念大会のこの夏もマイクを通して球児の奮闘にエールを送る。「厳しい3年間だったけど、人生で一番大切な事を教わった3年間でした」。濃密な経験を後輩たちに伝えながら、愛媛野球の発展に貢献している。



 甘井謙吾(あまい・けんご)1986年6月23日生まれ、32歳。愛媛県松山市出身。拓南中から済美に進み、1年時からレギュラー。1番・中堅で3年春のセンバツ優勝、夏の甲子園準優勝に経験。早大でも野球部でプレー。卒業後は愛媛銀行で勤務。家族は妻と1男1女。


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