新型コロナウイルスのパンデミック(世界的流行)がいまだ収まらない状況下で、世界各国では経済を正常化させていくための模索が始まっている。

 中国の李克強首相は5月28日、第13期全国人民代表大会(全人代)第3回会議終了後に「中国が新型コロナウイルスに関連して打ち出した経済対策が6兆元(約90兆円)規模に上る」ことを明らかにした上で「このうち約7割を消費刺激に充て、内需によって経済の立て直しを図る」と訴えた。

 ドイツ経済省も近く打ち出される景気対策の一環として50億ユーロ(約6048億円)規模の自動車購入支援スキームを検討している(5月31日付ロイター)。

 米国でも消費刺激対策が打ち出されることは間違いない。米商務省が5月29日発表した4月の個人消費支出は前月比13・6%減少と下げ幅が1959年の統計開始以来、最大となったからである。

 しかし米連邦準備理事会(FRB)のパウエル議長が5月29日、「感染第2波が起きれば長期停滞に陥る」との懸念を示したように、新型コロナウイルスは脅威のままである。

 新型コロナウイルスの感染拡大当初に日本では「正しく恐れる」ことの重要性が強調されていたが、改めてこのことについて考えてみたい。

 非常に興味深い事実が明らかになってきているからである。

 アジア地域ではおしなべて新型コロナウイルスの人口10万人当たりの死者数が有意に少ないのである。日本の死者数(約0・7人)が少ないことについて、医療体制の充実や国民の公衆意識の高さなどが指摘されているが、このような条件を満たしていないとされるフィリピン(約0・9人)やインドネシア(約0・6人)、マレーシア(約0・4人)などでも人口当たりの死者数が欧米諸国に比べて2桁低いのである。

 アジア地域では、SARSの流行後もさまざまなコロナウイルスが出現しており、これにより生じていた抗体が新型コロナウイルスに効果的に作用した説がある一方で、「白人系に比べて黄色系の方が新型コロナウイルスに対する耐性が高いのではないか」とその要因が遺伝子にあるとする論調が専門家の間で高まっている。

 日本では、慶応大学、東京医科歯科大学、大阪大学、北里大学、京都大学を中心に約50の研究機関等が参画して、日本人患者の遺伝子解析から新型コロナウイルスの重症化要因を突き止めるプロジェクトが始まった(5月23日付産経新聞)。

 研究統括を務める金井隆典・慶応大学教授は「重症化には、HLA(ヒト白血球抗原)関連の遺伝子が関わっている可能性がある」と述べているが、HLA関連の遺伝子は人種間の偏りが大きいとされている。

 アジア地域の人々の新型コロナウイルスに対する抵抗力が高いのだとすれば、今後は重症化リスクの高い基礎疾患を有する人や高齢者を中心に対策を講じれば良いというになる。この仮説は現段階で100%正しいとは断言できないが、このアドバンテージを奇貨として今後の施策を考えてみるのも一案ではないだろうか。

 政府は27日、臨時閣議で2020年度第2次補正予算を決定した。一般会計からの追加歳出は約31・9兆円で、補正予算では過去最大となる。最も力を入れるのは新型コロナで打撃を受けた企業の資金繰り支援だが、企業による雇用の維持も後押しする。

 しかし「第3の矢」として景気拡大策を打ち出すことは時間の問題とされている。その際、グローバリゼーションが低調である中消費主導型の経済運営にならざるを得ない。

 諸外国の状況を見ながら、政府はさまざまな対策が講じていくだろうが、筆者は「シニア消費」の活性化という観点から提言を行いたい。

 シニア消費とは、世帯主60歳以上の世帯の消費のことを指すが、日本の個人消費全体の約50%を占めている。

 若年層の間では、「巣ごもり消費(Eコマースなどの自宅に居ながらのショッピングなど)」が盛り上がりの傾向を見せているが、新型コロナウイルスによる重症化リスクが高いシニア層の間では自粛モードの空気が漂っていることが見込まれる。

 新型コロナウイルスによる外出自粛の悪影響が世界各地で出始めている。

 フランスでは、緊急事態宣言解除後も市民の2人に1人が「外に出るのが怖い」というストレスを感じていることが明らかになっている(5月28日付仏紙パリジャン)。

 4月28日付紙ガーディアンのコラムが主張するように、「都市封鎖は解けても『こころの封鎖』は解けない」のである。

 日本でも人と接触することを過度に恐れ、それによって社会との関係性が危うくなっている症例が増加している(5月29日付東洋経済オンライン)が、この傾向はシニア層で特に強いだろう。

 このままでは、個人消費全体の下押し圧力になるばかりか、政府が経済再生を一層進めたいと考える際に最も厄介な抵抗勢力になる可能性がある。

 シニア層の「こころの鎖」を解くためには、「安全(客観的に人間の身体などに対する危険がない状態を指す)」レベルの措置では足りない。ゼロリスクとまではいかないが、「安心(主観的に危険と感じることがないことを意味する)」レベルが求められる。

 医療関係者の負担が高い状況が続いているが、日本は依然として医療資源を徹底的に弱者のために使うことができる環境にある。

 政府は「PCRの検査能力を1日1万件に増やす」としているが、シニア層の安心を醸成する観点から、老人ホームやリハビリ施設、さらには希望する高齢者はいつでもPCR検査が受けられるようにしたら良いのではないだろうか。

 筆者は以前のコラムで「苦肉の策で生み出された日本のクラスター対策の成功」を紹介したが、ドイツの著名なウイルス学者であるクリスティアン・ドロステン氏も5月28日、日本のクラスター対策が感染の第2波を防ぐ決め手になりうるとの考えを示した(5月30日付日本経済新聞)。

 シニア層の安心に着目した景気刺激策により、日本が再び世界の見本となるモデルを提示することになることを期待したい。

藤和彦
経済産業研究所上席研究員。経歴は1960年名古屋生まれ、1984年通商産業省(現・経済産業省)入省、2003年から内閣官房に出向(内閣情報調査室内閣情報分析官)、2016年より現職。

週刊新潮WEB取材班編集

2020年6月7日 掲載