木村拓哉も草なぎ剛も“加入”していた「CHA-CHA」を知ってますか?

木村拓哉も草なぎ剛も“加入”していた「CHA-CHA」を知ってますか?

萩本欽一プロデュースの“実力”

 ダンスパフォーマー兼振付師の木野正人(49)さんの結婚報道により、再び脚光を浴びたのは男性アイドルグループのCHA-CHA(1988〜92年)だ。

 ***

 勝俣州和(53)がアイドルだったと驚く世代も増えているが、実は草なぎ剛(43)が在籍し、木村拓哉(45)もレッスンを受けていたことをご存じだろうか。今や伝説となりつつあるグループを改めて紹介しよう。

 表もご覧いただきたいが、CHA-CHAに関わったのは計9人。原点は1988年4月、日本テレビ系列で「欽きらリン530!!」の放送がスタートしたことに遡る。

 番組タイトル通り、司会は萩本欽一(77)。午後5時半からの30分、月曜から金曜までの帯番組だった。テーマを決めて視聴者投稿を募集。面白いものを紹介し、トークを膨らませていくのが基本の流れだった。

 70年代から始まった萩本欽一の「視聴率100%男」という快進撃は、85年に半年間の休養で一段落していた。テレビの世界はタモリ(72)、ビートたけし(71)、明石家さんま(62)が「お笑いBIG3」として君臨し、萩本欽一の低迷期が始まろうとしていた時期にあたる。

 実際、番組は9月に終わってしまう。不名誉極まりない打ち切りだったが、「さすが萩本欽一」と評判だったのがCHA-CHAのプロデュースだった。

 放送開始にあたり、まず「茶々隊」が組まれる。「投稿に茶々を入れる」の意味だったという。最初にオーディションを通過したのは松原桃太郎(52)、須間一也(53)、火野玉男(現・堀部圭亮[52])の3人だった。

 堀部圭亮は、俳優、放送作家、映画監督として現在も活躍中だ。「堀部もCHA-CHAだったのか」と意外に思う方もおられるだろう。

初期メンバーは9人

 さらにオーディションは続き、勝俣州和、西尾拓美(50)、木野正人、中村亘利(48)、木村拓哉(45)、草なぎ剛(43)の6人が加わる。

 人気の低迷が始まりつつあったとはいえ、まだまだ萩本欽一は芸能界・テレビ界に桁違いの影響力を持っていた。「イモ欽トリオ」(81〜83年)や「わらべ」(82〜85年)を世に出した実績も、当時は記憶に新しかった。

 そうしたこともあってか、CHA-CHAのオーディション合格者は、ジャニーズ事務所の所属タレントと、新人のお笑い芸人が拮抗している。9人が当時、何をしていたのか、これも表にまとめてみた。

 この9人のうち、番組開始前に“脱落”したのが木村拓哉だ。そもそもSMAPの全員がCHA-CHAのオーディションを受けたのは間違いないようだ。木村は「ばっくれた」と振り返っているが、草なぎや木村、萩本欽一、勝俣州和などの証言をまとめると、次のような状態だったようだ。

萩本欽一と共に人気が低迷

【木村拓哉の場合】
・萩本欽一に「おいなり君」と呼ばれたことが嫌だった
・レッスンの方針にも、納得できない点があった
・芸能界を「なめていた」こともあり、顔を出さなくなった
・萩本欽一は、わざとレッスンを厳しくし、CHA-CHAに残るか、SMAPに戻るか試していた

【草なぎ剛の場合】
・非常に真面目にレッスンを受けていた
・木村拓哉の姿が消え、かなり動揺していた
・番組には出演したが、萩本欽一は草なぎに「(CHA-CHAは)汚れたやつらで作るから、あなたたちはスターになるから逃げなさい」とアドバイスした

 最後の「汚れたやつら」は、勝俣州和がTBSラジオ「たまむすび」(16年2月15日OA)で披露した逸話だ。決してウソではないのだろうが、自虐的な話に誇張している可能性はある。

 また「笑っていいとも!」(82〜14年/フジテレビ系列)で萩本欽一と草なぎ剛が共演した時、「SMAPに戻るようアドバイスされた」というエピソードが語られている。

 木村が抜けた8人が茶々隊として番組に出演するが、上記のように草なぎが脱退。さらに7人から須間一也と火野玉男が抜ける格好となり、勝俣州和、松原桃太郎、西尾拓美、木野正人、中村亘利の5人がCHA-CHAとして88年9月にシングルデビューを果たすことになる。

 しかし、これだけ紆余曲折があったアイドルグループにもかかわらず、番組のエンディングテーマとなった「Beginning」はオリコン最高順位5位、88年12月のセカンドシングル「いわゆるひとつの誤解デス」はオリコン最高順位2位とヒットを果たした。

 テレビの世界でも、「ビギニング!!チャチャ」や「CHA-CHAワールド」(共に日本テレビ系)などの冠番組も持っていた。同じ自虐の文脈だが、勝俣州和は「たまむすび」で、中居正広(45)から「僕もCHA-CHAみたいにカッコよくなりたい」と言われ、「君も僕みたいにいつかなれるよ」と肩を叩いて、励ましたとも振り返っている。

 だが90年代はアイドル受難の時代として知られる。それこそSMAPも91年9月に「Can't Stop!! -LOVING-」でデビューするが、セールスは厳しいものだった。

 SMAPは「夢がMORI MORI」(92〜95年/フジテレビ系列)でバラエティに挑戦し、人気浮上のきっかけを掴む。逆にスタートダッシュには成功したCHA-CHAは萩本欽一と共に人気が低迷していく。90年に木野が脱退した影響も小さくなく、92年1月の渋谷公会堂のコンサートで解散した。

 それから20年以上の歳月が流れ、メンバーも様々な活動を続けている。最初の表にまとめた通りだ。皆さん、各方面で活躍中のようである。

週刊新潮WEB取材班

2018年5月24日 掲載


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