TBS「安住紳一郎アナ」がラジオ生放送中に嗚咽 故・川田亜子アナへの心情を吐露

TBS「安住紳一郎アナ」がラジオ生放送中に嗚咽 故・川田亜子アナへの心情を吐露

何度も声を詰まらせ、嗚咽

 さる放送関係者は視聴中、「放送事故が起きたのか!?」と息を呑んだという。異変はTBSの安住紳一郎アナウンサー(44)の冠番組「安住紳一郎の日曜天国」(TBSラジオ/毎週日曜)で起きた。

 ***

 5月27日の日曜、番組はいつものように午前10時にオンエア。初放送は2005年4月だから、長寿番組と形容しても問題ないだろう。ラジオ界きっての高聴取率番組としても知られる。この日もオープニングの安定感と面白さは傑出していた。

 安住アナはオリコンの「好きなアナウンサーランキング」で殿堂入りを果たしたほどの人気だ。しかし、この番組はアシスタントの中澤有美子フリーアナ(43)のファンも多い。2人は抜群のテンポで、気温や天気、交通情報を伝え、安住アナは最初のネタである「猫のケンカ」に入っていく。

 放送開始から8分が過ぎると、この日のメッセージテーマ「ずるい話」を告知。既に送られたリスナーからの投稿を紹介し、手際よくトークを膨らませていく。中澤アナとのキャッチボールも聴いていて心地いい。

 16分が過ぎると、「職場でのお菓子の分け方」に関する投稿メッセージを読み、トークも一段落。すると安住アナは「私も放送局で仕事をしてから、とても好きなエピソードがあるんですが」と切り出した。

「煎餅ネタ」でスタジオは爆笑

 8年くらい前のこと、安住アナは出社日だった日曜、夕方にアナウンス部でデスクワークをしていたという。休日は社員の数が極端に少ない。その時、安住アナの他には、安東弘樹アナ(50)と田中みな実アナ(31)の2人しかいなかった。ちなみに2人とも現在はTBSを退社し、フリーアナウンサーとして活躍している。

 TBSのある赤坂は、日曜に営業している飲食店が少ない。今は局内にコンビニがあるというが、当時は出店していなかった。安住アナは「仕事を終わらせたら、自宅で昼食兼の夕食をとろう」と考えていたという。

 だが、安住アナの机には、草加煎餅の詰め合わせがあった。おやつとして食べることを決めたが、1人だけというのも気が引ける。安住アナは安東アナに「どうですか?」と手渡し、2人で食べ出した。しかし、田中アナを無視してしまう。というのも、安住アナが仕事を巡って田中アナを注意し、「互いに険悪な感情を持っていた時期」だったためだ。

 安住アナは97年、田中アナは09年に入社。10年以上も後輩だが、上記のようないきさつで「1年半、口をきいていなかった」という。後輩の強いハートが印象に残るが、すると田中アナがハイヒールの音をツカツカたてながら真っ直ぐに向かってきて、「私にもお煎餅を1枚いただけますか」と久しぶりに口をきいたというところで、スタジオは最初の爆笑となる。

 その後も、ゴマ煎餅と抹茶煎餅の違いなどでさらに笑いを取っていく。こうしたオープニングからの26分08秒は、TBSラジオの公式サイトでも配信されている。

「すいません、ちょっと待ってください」

 ところが、この後に突然、異変が生じる。少し時間を巻き戻し、23分過ぎからのオンエアを以下に採録させていただこう。

安住アナ(以下、安住):そう簡単にね(田中アナを)許さないと意固地になっていた私も、2人の険悪な空気を察して余計なことを言わないようにしていた安東さんと、若いなりに孤立する覚悟で自分を貫こうとしていた、まあ若手、当時の田中さんと、それぞれの意地があったわけですけどもねえ。えー、それぞれの考えがあったんですけど、職場のお菓子の誘惑に負けて、それぞれが意地を曲げるというね。

中澤アナ(以下、中澤):そうですね、お菓子、偉大ですね。

安住:お菓子、偉大ですよ。

中澤:うん。

安住:あんなに鼻っ柱の強い田中みな実さんの気持ちを、お煎餅が曲げたんですから(中略)。皆さんから「ずるい話」お待ちしています(笑)。

中澤:メッセージの受付、電話番号は……(中略)。抽選で5名の方に「にち10ノート」を、3名の方には「カルピスセット」をプレゼント。さらに、メッセージを紹介した全ての方にオリジナルポストカード、水彩画家・永山裕子さんの製作による「青い毛糸の物語」をお送りします。今日のテーマは「ずるい話」、皆さんからのメッセージ、お待ちしています。

安住:さて、内輪の話を、もう1つ恐縮なんですけども、もう1人、あのー、後輩の話をしたいと思います。

(※突然、約9秒沈黙、BGMだけが流れる)

安住:すいません、ちょっと待ってください(※震え声)。

「友人とか家族の別れとはまた違いまして」

(※約4秒沈黙の後、息を吸い、咳払いをする音)

安住:もう1人、あの後輩の話をさせてください。あのね……。

(※約6秒沈黙)

安住:もう1人、あの、川田亜子という女性アナウンサーが私の後輩におりまして……(※やはり震え声)。ちょうどね、あの……。彼女が死んだのが2008年、命日が5月25日なので、ちょうどね、あの、一昨日で亡くなって、丸10年ということなんですよね、早いですよね。そう……。

 ラジオの途中だが、ここで少し、記事として補足させていただく。故・川田亜子アナは1979年生まれ。02年にTBSに入社した。

 安住アナは73年生まれだから、年齢も入社年次も完全な後輩だ。TBSではバラエティに強いアナウンサーとして人気を呼ぶ。しかし、報道指向が強かったこともあり07年に退社。そして情報番組「サタデースクランブル」(テレビ朝日系列)で念願のキャスターを務めた。

 だが、08年5月25日、自宅近くの路上に駐車していた車の中で練炭自殺。遺書も残されていたというが、その理由を巡っては様々な報道が行われた。今でも記事が報じられることも少なくない。

 話を元に戻そう――。安住アナは苦しそうな口調で「友人とか家族の別れとはまた違いまして……」と絞りだすように話し続ける。

「少し突き放してしまった」

安住:後輩のね、別れというのは、ずっと考えて、しまいます。あの、本当に、もう少し何かできたんじゃないかなということを10年、変わらずずっと考えています……。10年経っても、またね、どこかで会えるんじゃないかな、というような感じをずっと持っています。

 さっきね、あの、アナウンス部の部屋の中の話したんですけれども、それも同じ部屋の中の出来事だったんですけど、彼女が、まあちょっと、仕事のやり方が少し強めだったということもあって、少しやっぱり孤立していた時期があってね。

 で、俺もやり方が強引で孤立していた時期があって、当然あの、田中みな実さんと1年半も口きかないみたいな、そういう強引なやり方をしていたんで、当然、周りの同僚からは少しこう浮いちゃったところがあるんだけど。

 その時に、まだ生きていたときの川田が夜中に、俺のところにやって来て、「安住さん、私も孤立してしまいました。安住さん、私と組みませんか」っていうことをね、突然、言ったんですよね。

 ただ俺はその時、川田には、多分、川田は俺に甘えに来ていただけだと思うんだけども、俺は俺で何か、「お前とのやり方は違う。お前は、そのやり方で仕事が煮詰まったんじゃないか」ということで少し突き放してしまった。そこに対しての後悔がもの凄くあって。

「ぜひ、たまに、思い出してやってください」

安住:その後、結局、彼女は自殺をしてしまうんだけれど、本当にその時のことを後悔しています。

 そして川田さんのことを大事に思っていた人には、申し訳なく、思っています。勝手にね、10年経ってこんなことを言われてもと思うんだけれども、それは本当に、どんな謝罪をもっても許されないことだと思って(※涙声で語尾が震える)。

 俺がこの放送局のアナウンサーを続ける限りは、川田のことを考えてあげたいという風に、ずっと思っているんです。

 あの、非常に可憐な女の子なんですけども、そしてとっても性格、強気なんですけど……。さみしがり屋のところがありましたので、ぜひ、たまに、思い出してやってください。

 ちょうど、彼女が亡くなってから10年が経ちました。内輪の話ばかりで申し訳ない。今日はちょっと自分の話ばかりしてしまいました。それでは……1曲、聞いてください。川田が亡くなって、すぐくらいなんですけど、この曲が発売されまして、この曲を聴くと俺はいつも川田のことを思い出します。KOKIA「ありがとう」。

「自死は遺された周囲の人間にも大きな傷になる」

 もちろんオンエアは続くが、該当部分は、ここで終了となる。放送中から、例えばTwitter上では相当な話題になっていたようだ。一部のサイトは「川田 安住アナ」をホットワードと紹介した。いくつかのツイートを紹介させていただこう。

《安住アナが後輩で亡くなった川田アナへの後悔の念を語り出し、号泣するもんだから仕事中にもらい泣きしてしまったじゃないか。みんな癒えない傷を抱えて生きているし、あれだけ正直に心情を吐露することで救われる人もいるだろうと思った》

《いきなりトークが止まって、BGMが流れるだけだったから、?放送事故?ってなっていたら、安住アナの嗚咽と川田亜子アナのことを話し始めた。/もう10年か…。早いなぁ。》

《5月の終わりは 川田亜子アナのお話をいつもしてくれる 安住さん。亡くなって10年。ご遺族は今もお話ししてくれて嬉しいと思います。後輩アナだった田中アナとのエピソードの後の言葉が出なかった時にきっとこの話だと思いました(註:ハッシュタグ省略)》

《やっぱり自死は遺された周囲の人間にも大きな傷になるよね。今悩んでいる人には、どうか今一度考え直してほしい(註:同前)》

 この番組で、安住アナが嗚咽の声を漏らしたのは初めてではない。06年に番組ファンの視覚障害者から点字の投稿が届き、母親の点字訳を朗読するうちに涙で中断。中澤アナが代読する事態となったことがある。ファンならご存じだろうが、番組中は常にクール、というタイプでもない。

 川田アナが自殺した直後の08年6月にも、やはり安住アナは「日曜天国」のオープニングで涙声になりながら振り返った。川田アナは「日曜天国」にも出演して好評を呼んだという縁もあったことは大きい。しかしながら、この時はやはり冷静さの方が勝っていた。

 今回の放送でも、アナウンサーとしてしっかり構成を組み立てたのは事実だろう。「職場でのお菓子の分け方」の投稿からアナウンサーと煎餅の話につなげ、それを川田アナの話に持っていった。しかも、安東、田中、そして川田アナは全員、TBSを退職した人々だ。

 とはいえ、安住アナがここまで激しい感情を示したのは、やはり珍しいと言えるかもしれない。自分を示す一人称が「私」から「俺」になったり、「川田さん」が「川田」と呼び捨てにしたりしたことにも、揺れる心の内が垣間見える。

 それが10年という節目によるものなのか、最近の安住アナに動揺を生じさせるようなことがあったのか、それとも全く別の理由なのか――。「できれば教えてほしい」と願うリスナーも少なくないだろう。

 たとえ来年であっても、再び安住アナが川田アナを振りかえることがあれば、さらに注目を集めるのは間違いない。その時、我々は彼女のことを鮮明に思い出しているはずだ。

週刊新潮WEB取材班

2018年5月28日 掲載

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