増え続ける“二世アナ”

 スポニチアネックスは3月16日の早朝、「野村萬斎長女・彩也子さんがTBSアナウンサーに 『KUMON』のCMでは父子共演」と報じた。たちまちネット上では「コネ入社か」と大きな話題になった。

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 局アナとしての入社は確実なため、敬称は省略させていただく。野村彩也子は1997年の9月生まれで22歳。能楽師として著名な野村萬斎(53)の長女だ。

 彼女の学歴も確認しておこう。日刊ゲンダイDIGITALが3月18日に配信した「みな実も宇垣も逃げたTBSアナに…野村萬斎の娘・彩也子さんを待つ洗礼」に略歴が記載されている。

《幼稚園から高校まで白百合学園に通い、大学は慶応大学環境情報学部を卒業。英オックスフォード大、米ウィリアム・アンド・メアリー大学に留学経験があり英語は堪能。2017年からファッション誌「CanCam」の読者モデルを務め、18年には「ミス慶応SFCコンテスト」でグランプリを受賞》

 これを“サラブレッド”、“才女”と評価する向きもあれば、「芸能人のなり損ねがTBSにコネ入社した」と冷ややかに見る向きもあるだろう。複数のネットメディアは「コネ」という単語をタイトルに使って報じている。

「野村萬斎の長女『コネでTBS入社』も納得!? 人間国宝&五輪ディレクター『最強の“七光り”』でも実力相応の才色兼備?」(エンタMEGA:3月16日)

「野村萬斎の娘がTBS入局内定で賛否両論…『親の七光り』『コネも実力のうち』」(Business journal:3月16日)

 これに先立つ2019年の1月、野村氏はCMデビューを果たしている。父親や弟と共に公文教育研究会のCMに出演したのだ。この時にもコネが取り沙汰された。

「野村萬斎長女・彩也子が初CM出演も、顔が『ざわちんレベル」と話題に! 五輪利権でゴリ押しデビューか」(日刊サイゾー:19年1月24日)

 父親の野村萬斎は、東京2020開会式・閉会式4式典総合プランニングチームのチーフ・エグゼクティブ・クリエーティブ・ディレクターを務めている。この辺りにコネ説が取り沙汰される背景があるようだ。

 近年、有名人の子供がアナウンサーになるケースが増えている。表にまとめてみたので、ご覧いただきたい。

 後で詳しく見るが、昔は芸能人の子供が局アナとして就職するのは皆無だった。そのことが、この「上」の表からも分かる。

 永麻理(58)の父親である永六輔(1933〜2016)は、あくまでも「テレビにも出演する文化人」だったし、久保純子(48)の父親も局アナだ。共に芸能人ではない。

 高島彩(41)の場合は父親が俳優だが、その竜崎勝(1940〜1984)は彼女が5歳の時に他界した。本人も父親の記憶は皆無だと回想している。

 となると、やはり“二世アナウンサー”の嚆矢は高橋英樹(76)の娘である高橋真麻(38)と見て間違いないだろう。

 そしてご存知の方も多いだろうが、この“二世アナウンサー”はフジテレビが積極的に採用を行う。表の「下」をご覧いただきたい。

 永麻理から藤井弘輝(28)まで、OGも含めれば、合計10人のうち6人がフジテレビに入社したアナウンサーだ。

二世が採用で評価される事実

 少なからぬ視聴者が「二世アナの採用がフジからTBSに飛び火した」と受け止めるかもしれない。そもそも、どのような経緯を経て、テレビ局は芸能人の子弟をアナウンサーとして採用するようになったのだろうか。民放キー局の関係者に取材した。

「民放の歴史は、昭和28(1953)年に日本テレビが本放送を開始したことに遡ります。それから25年間くらいは、アナウンサーと言えば、基本的にはニュースや番組提供を読んだり、スポーツの実況を担当したりするのが主な仕事でした。今よりも会社員としての色彩が強く、採用試験でも原稿をどれだけ読めるかと、その時のカメラ映りが注目ポイントだったのです」

 もちろん、「芸能人に近いスターアナウンサー」も昔から存在した。NHKなら戦前入局の青木一雄(1917〜2001)、高橋圭三(1918〜2002)、宮田輝(1921〜1990)といった名前や、戦後の昭和24(1949)年に入局した小川宏(1926〜2016)の顔が浮かぶ。

 ちなみに高橋は「日本初のフリーアナウンサー」となり、宮田や小川もフリーとなって民放でも活躍。更に高橋と宮田は参議院議員も務めた。

 一方の民放も“自前”のスターアナウンサーを育てていく。昭和38(1963)年に日本テレビに入社した徳光和夫(79)、他社同期であるフジテレビの露木茂(79)と文化放送の土居まさる(1940〜1999)がトップランナーだろう。

 その後を、昭和41(1966)年に日テレに入社した福留功男(78)、昭和42(1967)年にTBS入社の久米宏(75)、他社同期でラジオ・文化放送のみのもんた(75)、昭和52(1977)年にテレビ朝日に入社した古舘伊知郎(65)などが続いた。

 女子アナの場合は、昭和33(1958)年にNHKへ入局した野際陽子(1936〜2017)がトップランナーと言えるのかもしれない。

 更に昭和38(1963)年にNHKに入った加賀美幸子(79)、昭和45(1970)年に日本テレビへ入社した石川牧子(70)、昭和52(1977)年にTBS入社の吉川美代子(65)といった面々も視聴者の信頼や人気を集めた。

 更に昭和50(1975)年にフジテレビに入社した田丸美寿々(67)、昭和52(1977)年にフジ入社の益田由美(65)、NHKからフジテレビに転じた頼近美津子(1955〜2009)などが“女子アナブームの礎を作った”と評されることも少なくない。

「潮目が変わったのは昭和63(1988)年です。この年にフジテレビは有賀さつき(1965〜2018)、河野景子(55)、八木亜希子(54)の3人をアナウンサーとして採用しました。たちまち人気を呼び、フジテレビの視聴率も上昇します。日テレも同年に永井美奈子(54)と関谷亜矢子(55)を採用しており、すぐに追随しました。この頃から、特に女子アナには容姿と出演者とトークを繰り広げられる機転が求められるようになり、それはある意味で女子アナの“ホステス化”を推し進めたのです」(同)

 更に女子アナのイメージを変えたのが、平成20(2008)年にフジテレビに入社した加藤綾子(34)だ。芸能人・タレントとの境目が消滅し、テレビ局側もアナウンサーを「給料だけで働いてくれる好感度タレント」と見なすようになっていく。

「タレント化の流れを決定づけたのは、平成22(2010)年に日本テレビへ入社した水卜麻美(32)でしょう。これで民放キー局は『視聴者に顔を知ってもらい、可愛がってもらえる』タイプをアナウンサーとすることに決めました。採用では知名度や容姿の優先順位が上がり、芸能人二世が浮上するようになります。もちろん親が人脈を使ってコネ入社を迫るようなことはありませんが、有名人の子弟であることが採用に際して評価対象になっていったことは事実だと思います」(同)

求められる“即戦力”

 この関係者によると、特にフジは「高橋真麻の退社を許し、みすみす人気タレントに化けさせてしまった」ことがトラウマとなっているという。

「田淵裕章(38)、永島優美(28)、藤井弘輝の3人は、そのトラウマが採用を後押ししたところはあると思います。そして3人がしっかりと結果を残したことで、他局も二世の採用に躊躇することがなくなりました」(同)

 変化が起きたのは、学生時代のタレント活動に対する評価も同じだという。かつては不利な要因だったが、今ではアドバンテージと180度変わった。

 平成23(2011)年にテレビ東京へ入局した紺野あさ美(32)はモーニング娘。として活動していた。平成30(2018)年に日本テレビに入社した市來玲奈(24)と、平成31(2019)年にテレビ朝日に入社した斎藤ちはる(23)は、共に乃木坂46に所属していた。

 モデルとしての活動歴となると、平成29(2017)年にフジテレビへ入社した久慈暁子(25)など枚挙に遑がない。

「結論としては、アナウンサーはホステス化を経て、今やタレントとなりました。民放の場合は特に、じっくり育てるというより、即戦力を求める傾向があります。視聴率が取れれば、民放キー局に大義は必要ありません。今後も有名人の二世アナウンサーは増えていくでしょう」

週刊新潮WEB取材班

2020年3月24日 掲載