見つかった遺書には、〈お母さんごめんない。産んでくれてありがとう〉と書かれていたという。

 弱冠22歳でこの世を去った女子プロレスラーの木村花さん。プロレス団体「スターダム」に所属し、獣神サンダー・ライガーがアメリカ最大のプロレス団体「WWE」で活躍できる逸材だと評価するなど、将来を期待されていた。

 その死については、自身もプロレスラーだった母親の意向もあって、所属事務所は詳細を明かしてはいない。

 5月23日午前3時半頃、花さんが変わり果てた姿で見つかったのは、都内・亀戸にある自宅マンションだった。近隣のアパートに住む男性はこう振り返る。

「大きなサイレンの音で目が覚めて外に出たら、ガスマスクをして酸素ボンベを背負った消防隊員が集まっていてね。一人の隊員が女性を抱きかかえていた。彼女は頭が下がってぐったりした状態。救急車に乗せられ心臓マッサージを受けていましたが、彼女の友人とおぼしき女性たちが“花、戻ってきて!”と何度も大声で叫んでいた。野次馬たちは、“ガス自殺じゃないか”と話していましたね」

 実際、現場となった彼女の部屋の玄関扉には〈有毒ガス発生中〉と書かれた貼り紙があったという。

 社会部記者によれば、

「室内から硫化水素が検知され、薬剤の容器が置かれていたことから警察は自殺を図ったものとみています。発見時、彼女はベッドの上で頭からポリ袋を被った状態で、すでに心肺停止の状態だったそうです」

 死の直前、彼女のSNSには異変が起きていた。

 自らの腕を執拗に何度も切り刻む、いわゆるリストカットをした写真が何枚もアップされていたのだ。

 一連の書き込みを見ると、

〈そうだよね。顔も中身もブスでごめんね。消えれるもんなら早く消えたいよ〉

〈愛してる、楽しく長生きしてね。ごめんね。〉

 異様な文言が並ぶが、注目すべきはこの一文である。

〈毎日100件近く率直な意見。傷付いたのは否定できなかったから。死ね、気持ち悪い、消えろ、今までずっと私が1番私に思ってました〉

 この数カ月、花さんを悩ませていたのは、SNSに届く不特定多数の人物からの〈率直な意見〉だった。彼女の人格や存在までをも否定する罵詈雑言は、1日100件近くに及んだ。

 なぜこれほどのバッシングを受けることになってしまったのか。その発端とされるのが、昨年9月から彼女が出演していた「テラスハウス」だ。フジテレビとイースト・エンタテインメントが制作を担当。Netflixで先行配信した後に地上波でも放送される人気番組だが、そこで彼女は“炎上騒動”に巻き込まれていた。

 この番組は冒頭、こんなナレーションから始まる。

「テラスハウスは、見ず知らずの男女6人が共同生活する様子を、ただただ記録したものです。用意したのはステキなお家とステキな車だけです。台本は一切ございません」

 ひとつ屋根の下で過ごす異性の恋愛模様を報じるこの手の番組は、「恋愛リアリティーショー」と呼ばれるが、炎上のきっかけになったのは3月31日の配信分。「TERRACE HOUSE TOKYO 2019-2020」の第38話で、彼女は10万円もする「命より大事」なプロレス用のコスチュームを、洗濯機に入れたまま外出する。

 その後、同居するコメディアン志望の小林快氏がそれに気づかず洗濯し乾燥機にかけてしまい、コスチュームは激しく縮んでしまう。涙を浮かべる彼女を同居人は慰めるが、やがて哀しみは怒りに変わる。彼女は洗濯をした快氏に向かって、

〈あんたのせいでこうなってんの!〉

〈一緒に住むんだったら、人のこともっと考えて暮らせよ! 限界だよもう!〉

 などと怒号を浴びせて掴みかかり、修羅場となってしまったのだ。実は番組内で彼女は快氏に思いを寄せていたが、京都旅行で彼の言動に不満を募らせていた。それがこの一件で一気に爆発した格好となったという。

 男女が暮らす中ではありがちな話だが、ネット民たちはそう捉えなかった。

「脳が爆発しそう」

 放映直後からSNSでは大きな反響が生まれて、

〈お前も悪いだろ〉

〈あの口の利き方はない〉

〈暴力行為とか最低〉

 といった感想がいつしか、

〈花さんのことテラスハウスファンは全員嫌い〉

〈早く消えろ〉

 などと個人攻撃の形に変わっていったのである。

 しかし炎上のきっかけとなった洗濯の場面で、過剰な演出が見て取れると指摘するのは、長年プロレス業界に従事する関係者だ。

「花さんは『縮んだ』と怒っていましたが、女子プロレスラーのコスチュームは基本的にレオタード素材で作られているので、洗濯もできるし乾燥機にかけてもダメにならない。もともと体に密着するようにできていますから、身に着けていない状態なら縮んだように見えるのです。あの場面は、彼女が怒るように指示されていたとしか思えません」

 ガチンコを謳う番組に、暗に「シナリオ」の存在があることを疑うのだが、実際のところはどうなのか。

「放送される中でのリアルな描写は1割にも満たない。残りの9割は演技でした」

 と明かすのは、同様の恋愛リアリティーショーに出演した経験を持つ女性だ。

「台本はありませんでしたが、現場には構成作家がいて、喋る相手や内容を指示されました。撮影時間も1日10時間を超えるなど異常に長く、常にカメラマンやスタッフに付き添われるので、素の自分を出す時間はほぼ皆無でした……」

 制作サイドの意向に沿うことを求められたと続ける。

「ドラマやバラエティなら作り物だと視聴者も分かってくれるけど、番組を観た視聴者の多くは内容を事実だと思い込む。これが出演者の精神に響きます。画面の中の自分はありのままではないのに、過激なシーンを見た視聴者は酷い奴だと決めつけ、SNSを通じて人格攻撃を始める。出演者はそうじゃないと否定したくても、番組の制作過程を口外してはいけないと出演前に契約書を交わしているので、反論できません」

 そうやって精神を蝕まれていくうちに、こんな錯覚を起こすに至る。

「怖いのは、罵詈雑言を受けるうちに、自分は誹謗中傷されるような人間なのだと思い込んでしまうこと。真実を言えないストレスが続くのはとても苦痛で、脳が爆発しそうになりました」(同)

ヒール役に徹する姿

 テレビ朝日で報道番組の制作などに携わり、現在はフリーのプロデューサーとして上智大文学部新聞学科非常勤講師も務める、鎮目(しずめ)博道氏が解説する。

「現場では出演者同士の絡みを見て、スタッフたちが『こんな展開になったら面白いね』といった感じで誘導していく。皆で展開を作って盛り上げるので、やっぱりフェイクじゃないかと思われるかもしれません」

 とはいえ、単純に作り話と断言もできないそうだ。

「キャラクター設定は出演者の性格に基づいていますし、若い男女が一緒にいれば実際に恋愛関係に発展することもあります。自然な恋愛をしているわけではないけど、そこに台本があるわけでもない。リアルとフェイクの間を行ったり来たりするショーなのです」

 目の肥えたファンが、そうした演出を前提に楽しんできたというわけだが、近年は事情が変わってきたと鎮目氏は指摘する。

「若者のテレビ離れが叫ばれて久しい中、『テラスハウス』の成功で同種の番組は次々とヒットしています。今や普通のかっこいい男女が恋愛するだけでは新鮮味がなく、出演者のキツイ性格を過剰に煽り、物議を醸す言動をさせて話題を集める傾向があります」

 それを不快に感じる視聴者の怒りは、出演者のSNSに向かってしまう。

「出演者の若者たちは、個人のSNSを使って番組の宣伝をさせられているため、視聴者からの批判を直に受ける。あくまで番組の演出に協力している個人への批判を、すべて自己責任とばかりに負わせている構図が、今回の悲劇を生んだ要因になっていると思います」(同)

 花さんはレスラーだけに、ヒール役に徹する姿は真に迫る。演出に従い盛り上げれば盛り上げるほど、余計にネット民たちの格好の餌食となってしまったのか。

 ネットニュース編集者の中川淳一郎氏に言わせれば、

「不特定多数が利用するSNSは公の場であって、そこでの誹謗中傷コメントは、一人でテレビを観ながら悪口を呟くのとはわけが違う。本人に面と向かって言えないことは書いてはいけない。そんな小学校の道徳レベルのことが分からないバカに、意見できる場を提供してしまったネットは罪つくり」

 そう断じた上で、こんな懸念も口にする。

「誹謗中傷した人たちは、誰よりも番組への愛が強かったんでしょうけど、そんな彼らにとって一番嫌なのは番組がなくなることではないでしょうか。この一件で『テラスハウス』は打ち切りになる可能性もあるし、恐らくテレビ業界は演出を自主規制していくでしょう。一部のバカのせいで制作サイドは萎縮し、表現の幅が狭められてコンテンツの質は下がり、多くの人が不利益を被る。日本の社会はバカ者に対して払うコストが大きすぎます」

 そもそも全てはテレビカメラが回る前で行われていること。そういうものだと割り切って楽しむべきところ、今なおSNSには不毛な罵言が溢れているのだ。

「週刊新潮」2020年6月4日号 掲載