「表現する」という行為は、人の心をざわつかせ、そこに何がしかの「爪痕」を残す営みである。それがダメだというなら、人間は芸術活動を放棄する以外にない――。米国の白人警察官による黒人男性の暴行死を受け、名画「風と共に去りぬ」の配信が停止された。人種偏見が含まれているからだと。何かがおかしい。

「初めて『風と共に去りぬ』を観た時は、とにかくハリウッド映画のスケールに圧倒されました」

 と、まずは映画評論家の北川れい子氏が振り返る。

「キャストの衣装の絢爛さやエキストラの数など、何から何まで豪華でした。また、南北戦争当時の米国南部の大荘園や風俗・文化が再現され、映画を通じてそれを一般教養として学ぶこともでき、未だに映画史に輝き続ける作品です」

 そんな名作が、米国で一大社会問題と化している黒人差別問題を受け、今月9日、同国の動画配信会社によって配信停止の運びとなってしまったのだ。

 確かに、同作には「黒人奴隷の生活が美化されて描かれている面はある」(同)。しかし、脚本家の橋田壽賀子氏が、

「私は『風と共に去りぬ』を黒人差別映画とは思わず、ラブストーリーとして観ました」

 こう語る鑑賞法が、同作の一般的な観方であろう。

 橋田氏が続ける。

「黒人差別の描写は映画の一部分に過ぎません。そして奴隷制のもと、米国で黒人差別が行われていたことは誰しもが知る事実です。人種差別などあってはなりませんが、それを乗り越えてオバマ大統領が誕生した。『風と共に去りぬ』は、もうあのような時代には戻らないという視点で観るべき映画だと思います。それなのに、映画の一部の差別的描写だけを理由に配信を停止するのは、むしろ時代に逆行しているのではないでしょうか」

「水戸黄門」もダメ?

 放送プロデューサーのデーブ・スペクター氏も、

「私は中学生時代に、『風と共に去りぬ』を観て、後日、クラスでディスカッションをする宿題を出されたことがあります」

 として、こう続ける。

「確かに黒人の奴隷生活が美化されてはいますが、当時の南部のプランテーションの様子などを学ぶ教材でもある。この作品を観られなくすることは、子どもたちから学びの題材を奪ってしまうことになります」

 さらに言えば、

「差別的表現に神経質になり過ぎると、『水戸黄門』『忠臣蔵』『必殺仕事人』、そして大河ドラマに至るまで、日本の時代劇は全て放送できなくなりますよ。士農工商という差別的な身分制度があった時代を描いたものですからね」(同)

 北川氏が「映画論」で締めくくる。

「人類の歴史は、美しいことよりむしろ汚い側面が多い。そうした汚さも含めて描くのが映画です。ダメなことには一切触れてはいけないとなれば、戦争や暴力も映画では描けないことになる。タブーが増えれば、表現の幅はどんどん狭まってしまいます」

 心がざわつかないキレイゴトだけの無味無臭の映画――。それはもはや、芸術でも文化でも娯楽でもない。

「週刊新潮」2020年6月25日号 掲載