「キレる夫」との結婚生活で「カサンドラ症候群」になった妻の末路

「キレる夫」との結婚生活で「カサンドラ症候群」になった妻の末路

「カサンドラ症候群」(以下、カサンドラ)とは、発達障害の一種「アスペルガー症候群」(以下、アスペルガー)の夫や妻、あるいはパートナーとのコミュニケーションが上手くいかないことによって発生する心身の不調です。特に夫婦関係で多く起こると言われていますが、最近ではアスペルガーの家族や職場・友人関係などを持つ人に幅広く起こり得ることが知られています。本連載「私ってカサンドラ!?」では、カサンドラに陥ったアラフォー女性ライターが、自らの体験や当事者や医療関係者等への取材を通して、知られざるカサンドラの実態と病理を解き明かします。

バックナンバーはこちら https://www.dailyshincho.jp/spe/cassandra/

 ***

薬なしでは全く眠れない

 今思えば、カサンドラの特徴でもある精神的な不調は妊娠中から現れていた。それまでなったこともなかった過呼吸を度々起こすようになり、つわりは妊娠後期まで続いてご飯が食べられず、最後は血圧が200を超えて救急搬送された。けれど「妊娠中は普通じゃないのが当たり前」と思い込んでいたのでメンタル面の不調を自覚できていなかった。
 
 36週で帝王切開により生まれた我が娘はとても小さく、NICU(新生児集中治療室)で1カ月お世話になった。退院後も体重がなかなか増えず、さらには心臓に穴まで空いていて、産後も心配が絶えなかった。

 それでも初めてメンタルクリニックを訪れたのは自分から進んでというわけではない。

 出産から半年ほど経ってからのことだ。怠さがとれず、いつも眠い。娘のお世話で精一杯で、常に何かしらの家事がやりかけになっていた。そのことに対して常に夫が苛立っている。

「(俺の)朝ごはんがない」や、「ベランダが汚い」「洗濯物がたたんでない」と怒り、私に買ってきた食材の値段を報告させては「底値じゃないものを買うなんて、浪費しやがって」などと言ってくる。

「赤ちゃんのお世話で精一杯だ」といっても「怠けているだけ」と信じてもらえない。それどころか「普通はみんなちゃんとやってるじゃないか。できないなんて病気に違いない!」と言われたので、そこまで言われたなら行ってやろうと、半ばやけくそで近所の病院を受診したのだ……もしかしたら本当に病気かもしれないし。

 初めて行った精神科で、私の診察をしてくれたのは初老の男性医師だった。「今日はどうされましたか?」と柔らかい声で聞かれ、私は夫に言われたままを口にした。

「毎日、眠くて家事が手につかないんです。夫に病気じゃないかと言われて……」

「そうですか、他には?」

「あと、夫婦喧嘩が酷くて、すごくイライラします」

「はいはい。疲れやすいのはもしかしたら甲状腺や膠原病などの病気のせいかもしれませんね、血液検査しましょう」

 1回目の診察はそのような内容だったと思う。

 2回目は、検査結果が出る1週間後に行った。

「血液検査の結果は問題ありませんでした。なんでそんなに疲れちゃうのかな。まずはあなたのこれまでのことをざっと教えてください。ご両親は……?」

 などとひとしきり家族構成、生育歴などを聞かれたが、医師は聞くだけで何も言わない。これでは帰って夫に説明できないと気持ちが焦るが、「私は病気なんでしょうか?」と聞いても、「うーん」と言うばかり。

 そして「とりあえずお薬飲んでみてください」と、メジャーな安定剤を数種類出してくれた。

 母乳はすぐ出なくなったので娘はミルクで育てており、服薬自体に問題はないはずだった。ところが、飲み始めてしばらくすると、入眠直後に足がムズムズして叫びだしそうなほどの気持ち悪さに襲われるようになった。ムズムズする足を殴りつけてようやく眠って朝が来ても、以前よりさらに疲れている。

 怖くなって薬をやめようとしたときには、薬なしでは全く眠れなくなっていた。

夫や世間が思う「当たり前の妻」には程遠く

 足のムズムズが耐え難いこと、薬がないと眠れないことを相談すれば「じゃあちょっとお薬変えてみましょうね」と言われた。相変わらず病名はつかない。症状は受診前より酷くなっている。

 それと同時に夫を毎日マッサージするのと慣れない乳児の世話で酷使した右手が限界を迎え、腱鞘炎が悪化して利き手で物が持てなくなった。腰も痛む。慢性的に風邪をひいていて咳が止まらず、他人の咳を嫌悪している夫を苛立たせてしまう。夫に怒鳴られると過呼吸になる。

 ある日、とうとう我慢できずに感情的に医師に訴えた。すると彼は、

「旦那さんを怒らせないように気を付けましょう。お酒を飲んでいるときに何か言い返すなんてとんでもないですよ。イライラするのは生理前ですか?」

 と言った。

 精神科を受診しても体調は一向に良くならず、病気でもないのに家事はますます手につかない、夫や世間が思う「当たり前の妻」には程遠く、そのせいで夫は怒っている。挙句、あんなに優しそうだった医師にまで眉をひそめられてしまった。

 ——ああ、私がオカシイのか。もしかして私は自分が思うよりはるかに出来損ないなのではあるまいか。

 だから「医療費がバカみたいにかかるけれど、産婦人科にもいかないと」と思った。PMS(月経前症候群)でイライラしないようにピルを処方してもらわなくちゃ。

 そうしたタイミングで起きたのが夫の暴行事件だったので、家の雰囲気が悪いから夫が酒に逃げて事件を起こしたとその時は半分本気で思っていた。刑事は「旦那さんから手を出しています、防犯カメラに全て映っていました」と言ったが映像を見せてはくれなかった。相手が複数人いてなかなか強そうだったこと、夫が「俺はやっていない」と私に言ったこと、夫の服だけが破けてビリビリだったことなどから、何を信じていいのかもわからなかった。夫の父は「放っておけ」と言うばかりだし、夫は「自分でなんとかする」と言うのでそっとしていた。

 ところが検察から呼び出しがかかっても夫は何もしなかった。

 示談交渉も否認もしなかったのだ。

 このままでは前科がついてしまう、娘の将来に影響するかもしれない。夜、帰って来た夫に「どうするつもりなのか」と食い下がって聞いたら、怒らせてしまった。勢いよく酒をあおりはじめ「俺は悪くない」「相手が金目当て」「なんで俺がどうにかしなくちゃいけないんだ」などと怒鳴って、どんどんヒートアップしていく。

 あまりの理不尽さに、私も腹立ちを隠せなくなった。それで「イライラするときに飲みなさい」と頓服で処方されていた薬を飲んだ。お守りのように大事に持っていた薬なのに、いざ飲んでもイライラが治らない。もう一錠。私が変われば夫も変わってくれるのだろうか、もう一錠……。どうしたらいいのかわからない、もう一錠。ああもう消えて無くなってしまいたい。

 そのあとの記憶はない。

前科者になった夫

 娘の泣き声で目が覚めたらベッドの上だった。

 もう明るいが、何時かさっぱりわからない。

 吐きそうだし頭が割れそうに痛い、目が回って起き上がれない。

 娘はベビーベッドの中にいるようだった。

 抱き上げたいが、真っ直ぐ立っていられない。

 するとインターホンが鳴った。モニターに友達の顔が映る。

 ボーッとしたままとりあえず上がってもらう。

 友達は家に入ってすぐ、私が何も言わないうちに「寝てていいよ、赤ちゃん見ててあげるから」と言って、寝かせてくれた。

 夕方、ようやく少し回復して友達と話すと、昨夜遅くに私から様子のおかしい電話があったと教えてくれた。心配だったので朝イチでかけつけたと。夫は朝起きたときからおらず、どうやら仕事に行ったみたいだった。

 薬の過剰摂取で昏倒した妻と、一人じゃ何もできない娘を置いて、何もせずに、仕事に行ったのだ。

 夜、帰って来た夫は、私を一瞥して言った。

「次やったらお前の親に言うからな!」

 そして彼は自分が起こした事件に対しても特に何もせず、命じられるまま粛々と速やかに罰金を払い、前科者となった。娘が将来もし「警察官になりたい」と言ったら、その夢は叶うのだろうか?

 被害者より娘の将来を心配するなんて、私は自己中心的過ぎるのだろうか。

 こんな小さくて可愛い娘がいるのに「死にたい」と感じるなんて、私は自己中心的過ぎるのだろうか。

 この気持ちの落ち込みと、様々な身体の不調が私のカサンドラの主要な症状だったと今ならわかる。

何かがおかしい、でも何がおかしいかわからない

 でも、このときの私はまだ夫との間に起こっている問題の本質が全く分かっていなかった。それどころか毎日頻発するトラブルに自分がちゃんと対応できているかどうかばかりに気を取られていた。

 夫が怒っているときに事情を説明してももっと怒らせてしまう。具体的に言うなら、何かあったときに事情を聞いたり説明したりするとより夫を怒らせてしまうことをどうにかしようと思った。

 だから事情を聞いたり説明したりするときの自分の対応改善を最優先に考えた。「まずは自分が最大限努力しなくては」と思い込んだのは、元来の性格のせいか、「お前が俺を怒らせる」と言われ続けた被害者心理だろうか。

 だからこそ精神科に行き、「夫婦喧嘩でイライラしてしまう」と相談し、問題が起こったときに冷静でいられない自分を自分でも責めた。初老の男性医師とのジェネレーションギャップ、ジェンダーギャップを考慮する事なく、医師がいう事を鵜呑みにして傷付いた。

「カサンドラ」とはギリシャ神話に登場するトロイ王の娘の名に由来する。大変に美しい娘だったのでアポローンから予言する力を授かるが、彼女がアポローンの愛を受け入れなかったので「カサンドラの予言を誰も信じない」という呪いをかけられてしまった。彼女は自国の滅亡を予言するが、誰にも信じてもらえない。この神話から「いくら伝えようとしても誰にも信じてもらえない苦しみ」がカサンドラのそれと例えられるようになった。

 発達障害のパートナーを持つ人が二人の関係性に違和感を覚えたとき、それを周囲の人にわかってもらうのは非常に難しい。

 発達障害やカサンドラに対して知識がなければ余計である。自分の置かれた状況を自分で理解できていなければ、周囲の人や医者が気付いてくれることなどまずない。日々のトラブルに翻弄され、夫婦関係が悪化していくことに危機感を覚えて周りに助けを求めても、寄せられる心ない言葉や的外れなアドバイスでより追い詰められ、どんどん周りから孤立していく。

 何かがおかしい、でも何がおかしいかわからない。

 上手く説明できず、誰にもわかってもらえない。

 カサンドラを癒す第一歩は、まずカサンドラを知ることから始まる。けれど、そこにたどり着くのは容易ではないのである。

〈次回につづく〉

星之林丹(ほしの・りんたん)
1982年、東京都生まれ。結婚を機に制作会社を退職してフリーランスに。6年で離婚、2児の母。

2019年5月20日 掲載


関連記事

おすすめ情報

デイリー新潮の他の記事もみる
主要なニュースをもっと見る
社会のニュースをもっと見る
経済のニュースをもっと見る
政治のニュースをもっと見る
国際・科学のニュースをもっと見る
エンタメのニュースをもっと見る
スポーツのニュースをもっと見る
トレンドのニュースをもっと見る
生活術のニュースをもっと見る
地域のニュースをもっと見る

生活術 アクセスランキング

ランキングの続きを見る

生活術 新着ニュース

新着ニュース一覧へ

総合 アクセスランキング

ランキングの続きを見る

東京 新着ニュース

東京の新着ニュースをもっと見る

東京 コラム・街ネタ

東京のコラム・街ネタをもっと見る

特集

特集一覧を見る 動画一覧を見る

記事検索