「皇太子ご夫妻」ご成婚25年も… 次期皇后が未だ「会見NG」の非常事態

「皇太子ご夫妻」ご成婚25年も… 次期皇后が未だ「会見NG」の非常事態

「雅子妃」銀婚式に「人格否定」の残響(下)

 さる6月9日に「銀婚式」を迎えられた皇太子ご夫妻。皇太子さまが発表された文書では〈雅子は、この25年間、大変なこともある中で、色々な努力を続け…〉と述べられていた。〈25年間〉を振り返るとき、中でも特筆すべきは2004年の皇太子さまの「人格否定」発言だろう。

〈雅子のキャリアや、そのことに基づいた雅子の人格を否定するような動きがあったことも事実です〉

 というお言葉は、歴代の宮内庁幹部、あるいは美智子皇后に向けられたものか、との憶測を呼んだ。秋篠宮殿下、そして陛下も疑問の声を投げかけられたこの発言により、皇太子さまは孤立を深めていった。

 ***

 そんな異常事態を招くに至った経緯を、あらためて振り返っておく。

 銀婚式にあたり雅子妃は、

〈皇室に入りましてから間もない頃、殿下からご助言をいただきながら、初めての公務の一つ一つに臨んでおりました頃のことも懐かしく思い出します〉

 そう回想しておられるのだが、当時はご公務以上に重要な使命を帯びていた。

「言うまでもなく、男子のご出産です。秋篠宮家では91年に眞子さまがお生まれになっていましたが、皇位継承に連なる男子は皇室には一人もいらっしゃらなかった。その後、94年暮れには佳子さまが誕生なさるものの、状況は依然、変わらないままでした」(全国紙デスク)

 いや増すばかりの重圧に、雅子妃はこんなお振舞いを見せたこともあった。当時を知る宮内庁関係者が言う。

「95年のことです。ご懐妊の兆しが見えない雅子妃を陛下が慮(おもんぱか)って『国民はみな、あなたたちの子を期待していますよ』というお言葉を掛けられたことがあった。それに対して妃殿下は『私の周りには、そんなことを言う人は一人もおりません』と、毅然と言い放ったのです。陛下は驚き、呆気にとられたご様子でした」

居場所を失いつつあった妃殿下

 その後、99年末の流産を経て01年には愛子さまをご出産。当時、子を授かった喜びを雅子妃は「生まれて来てくれてありがとう」とのお言葉で表したのだが、周囲との“温度差”は際立っていったという。

「庁内はもっぱら『事態は何一つ進んでいない』という雰囲気で、つまりはおつとめを果たせていないということ。にもかかわらず、ご出産から1年で外遊に復帰なさったのですから、風当たりは一層強まってしまいました」(同)

 02年12月、ご夫妻はニュージーランドと豪州をご訪問。その直前、会見で雅子妃は、きわめて率直なお気持ちを口にされていた。

〈私にとりまして、結婚以前の生活では(略)外国に参りますことが、頻繁にございまして、そういったことが私の生活の一部となっておりましたことから(略)外国訪問をすることがなかなか難しいという状況は、正直申しまして私自身その状況に適応することになかなか大きな努力が要った〉

 が、これが物議を醸した。

「メディアでは『そんなに海外に行きたいのか』といった論調が目立ち始めた。加えて、数少ない理解者であり、妃殿下が大きな信頼を寄せられていた高円宮殿下の薨去(こうきょ)(02年11月)も、時期が重なってしまった。妃殿下は徐々に、居場所を失いつつあったのです」(同)

 高円宮さまは86年10月、東宮御所で催されたスペイン王女の歓迎レセプションの場に当時学生だった雅子妃を招き、皇太子さまとの出会いに繋げられた。いわばご夫妻のキューピッドであり、雅子妃のお気持ちの沈みようは計り知れなかったであろう。そして、

「03年の暮れには帯状疱疹を発症し、軽井沢で転地療養をなさいます。そうした中で04年、殿下の“人格否定”発言が飛び出したわけです。その翌月には適応障害と診断され、本格的な長期療養生活に入られたのでした」(同)

 以来14年。06年夏には、皇太子さまや愛子さまとご一緒に、オランダで2週間のご静養という異例の措置までとられたのだが、

「翌年5月、訪欧前の会見で、陛下が『私どもが私的に外国を訪問したことは一度もありません』と発言された。これがもっぱらご一家への“苦言”だと見なされてしまったのです」(同)

16年間肉声なし

 現在まで療養を余儀なくされながらも、

「銀婚式の文書からは、雅子妃殿下の変化が窺えます」

 とは、皇室ジャーナリストの山下晋司氏である。

「5年前のご成婚20年の際には、いわば一方的な両殿下のご感想が宮内庁から出されましたが、今回は記者会の質問に対して両殿下が別々に回答されています。その点を以てしても、妃殿下の体調は良くなっているのではないでしょうか」

 とはいえ、なおも大きな“懸念”が横たわったままだと指摘するのは、宮内庁担当記者である。

「02年末以降、雅子さまは16年間にわたって記者会見をされていません。我々は今回、ご夫妻揃っての会見を3カ月前から宮内庁に申し入れていたのですが、受け入れて貰えませんでした」

 雅子妃がメディアをことのほか遠ざけられているご様子は、療養生活において度々窺えた。

「外国ご訪問の前には、慣例で会見が開かれます。ですが、このままでは新皇后となられて以降もなさらないお考えでしょう。深刻な事態に違いなく、それで果たして、国民に声が届くのか。皇后さまから御養蚕や赤十字の名誉総裁職を引き継がれても、やはり最後には、公の場でご自分の言葉でお話しになるという“高い壁”が、立ちはだかっているのです」(同)

 きたる9月には、友好160周年を記念した皇太子さまの渡仏に同行なさる見通しだ。が、ここでも肉声は拝聴できそうにない。

「週刊新潮」2018年6月21日号 掲載


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