1月29日午前6時。ANAのボーイング767―300ER型機は、「死の街」と化した武漢から邦人を脱出させるべく羽田を目指して飛び立った。だが、武漢発羽田行のそのチャーター機で「死地」から脱出した206人を待っていたのは、新たな恐怖と混乱との戦いだった。「武漢発カオス行」。そのチャーター機第1便で帰国した当事者が、前代未聞の道中を振り返る。

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 前日28日の早朝、武漢在留邦人のスマートフォンが一斉に振動した。

〈即時に外出できるように準備してください〉

 在北京日本大使館からのメールが「脱出行」の開始を告げようとしていた。

「やっと帰国できる」

 邦人たちは安堵の空気に包まれた。しかし、この安堵のメールは、同時に、政府の場当たり的な対応に振り回されることになる号砲でもあった――。

 昨年末から続く新型コロナウイルス狂騒。感染は全世界規模に広がり、2月3日、中国での死者は361人に達したと発表され、2003年に大流行したSARS(重症急性呼吸器症候群)による死者の数を上回った。

 事態が大きく動き始めたのは1月20日。中国の習近平国家主席が「断固、感染拡大を抑えるように」との指示を飛ばしたことで、それまで「隠蔽」されていた情報が公となり、患者と死者の数が急上昇。この時点で、「ヤバい事態」になっているのは明らかだったが、日本政府が邦人救出のチャーター機を飛ばすのに、それから1週間以上を要した。対応が後手に回った感は否めず、チャーター機第1便にまつわるドタバタぶりもそのひとつだった。

「まず、武漢の空港には何組かに分かれて大使館が用意したバスで向かったんですが、高速道路では検問に引っかかる可能性があるからということで、私が乗ったバスは下道を使い40分くらいで空港に到着しました。ところが、高速を使って検問で捕まってしまい、空港到着まで1時間半もかかったバスもありました」(第1便で帰国した邦人ビジネスマン)

 日本政府の「情報共有力」に疑問符がつく話だが、そうして武漢の空港に着くと、206人の邦人は2度の体温検査を経て、ようやくチャーター機に乗ることが叶った。この搭乗前に、帰国後に必ず新型コロナウイルスに感染しているか否かの検査を受けるとの「誓約書」を書いてもらわなかったことが後にトラブルを生むのだが、兎(と)にも角(かく)にも206人は機上の人となる。だが、彼らに安らぎの時が訪れることはなかった。

「近くに座っていた男性が、同乗していた検疫官に呼ばれて席を離れたんです。30分くらいして彼は戻ってきたんですが、その時間、検疫官に何を訊(き)かれていたのか、どうしてそんなに時間がかかったのか……。それを考えると、彼が再着席してからは気が気ではありませんでした」(第1便で帰国したある邦人)

 密閉された機内のどこに感染者がいるか分からないという恐怖とともに、206人を乗せたチャーター機は1月29日午前8時40分、羽田空港へと降り立った。

相部屋でもいい人求む

 しかし着陸後、すぐに外へ出られたわけではなかった。機内で彼らは先に触れた検査誓約書とは異なる「別の誓約書」にサインさせられたのだ。それは、

「外務大臣宛てのもので、武漢―羽田の片道航空券代(8万円)を必ず支払う、もし支払いが遅延したら年利5分の利息を支払うという内容のものでした」(先の邦人ビジネスマン)

 日本は一体いつから金を払わないと助け出してもらえない国に堕(だ)したのか……。

 そんな「残酷な誓約書」に署名した後、チャーター機を降りて羽田空港の到着ロビーに向かうと、そこでも帰国者の疲労を増す騒動が繰り広げられた。206人のうち2人が、その後、新宿メディカルセンターに移動して受ける感染検査を拒否したのだ。

「ともに30代くらいの男性で、そのうちのひとりは政府の職員に向かって大声で怒鳴っていました」(同)

 この邦人ビジネスマンの耳をつんざいたのはこんな怒声だった。

「(検査を受けるか否かは)自由意志やろ!」

「帰れるやろが!」

「なんでなん!」

 到着ロビーに響き渡った関西弁の「大人の駄々」。

「周りのみんなが失笑していた。私自身も、同じ日本人として恥ずかしいと思いました」(邦人ビジネスマン)

 結局、この2人は検査拒否を貫き去っていった……。

 そして、第1便帰国者の多くが「隔離先」である勝浦ホテル三日月に到着したのは夜8時頃。武漢を発ってから実に半日超の長旅だった。ところが、疲労困憊でなんとか寝床に辿り着こうとしていた彼らに、さらなる仕打ちが待っていた。

「私たちに示されていたのは三つの選択肢でした。まず政府のバスで自宅の最寄り駅まで移動する。次に勤め先の社用車か自家用車で自宅に帰る。最後がホテルに滞在する。政府は三つの選択肢にばらけると予想していたものの、思いのほかホテル滞在希望者が多くなり、また政府の方針転換もあって、内閣官房の職員が私たちにホテルの部屋が足りなくなったと告げてきたんです。さすがに呆然としました。そして、相部屋でも構わない人は名乗り出てほしいと……。申し訳ないんですが、私は名乗り出られませんでした」(同)

 結局、夫婦や友人同士が相部屋可と申し出たため何とか事なきを得たが、新型肺炎のリスクが増す相部屋を自己責任で選択させるとは、まるで「感染ロシアン・ルーレット」ではないか。

「週刊新潮」2020年2月13日号 掲載