間近に迫った「東京五輪」がピンチである。国際オリンピック委員会(IOC)のバッハ会長がこれまでの強気姿勢を一変させ、アメリカのトランプ大統領が「1年延期」に言及したことで通常開催が危ぶまれているのだ。中止や延期となれば大混乱に陥るのは必至――。

 ***

 今月13日、宮城県にある航空自衛隊松島基地の上空に五輪が浮かんだ。ブルーインパルスがカラースモークで描いたものだが、やがて風に散るはかない五つの輪は、「東京2020五輪」が置かれている目下の状況を象徴するかのようだ。

 ここへきて急に大会の「中止・延期」が現実味を帯び始めた背景には、2人の人物の発言がある。まず、「中止・延期」の決定権を持っているIOCのトーマス・バッハ会長。12日(日本時間13日)、ドイツの公共放送ARDのインタビューに応じ、新型コロナウイルスの感染拡大が世界中に広がる中での五輪開催の可否について、

「世界保健機関(WHO)の助言に従う」

 と、述べたのだ。

 奇しくも同じ日、アメリカのトランプ大統領もホワイトハウスで記者団に対して次のように語った。

「無観客で開催するよりも1年延期する方が良い選択肢だ」

 これを受け、安倍晋三総理はトランプ大統領との電話会談で、あくまで通常開催を目指すと表明。橋本聖子五輪担当相が「IOCも大会組織委員会も延期や中止は一切検討していない」と述べ、東京都の小池百合子知事も「中止の選択肢は全くない」などと強調し、トランプ発言の“火消し”に回ったが、東京五輪を取り巻く「空気」がガラリと変わったのは明らかだった。

「ウチの社は近々、通常開催が見送られた場合についての検討に入るようです」

 そう囁くのは、NHKの関係者である。

「今年の開催がなくなれば、番組編成上、非常に大きな穴が開く。その穴をどうやって埋めるのかを検討する会議が間もなく行われると聞いています」

 実際に通常開催が見送られた場合、どうなるのか。

「オリンピックとはそもそもオリンピアード(連続する四つの暦年からなる期間)の1年目に開催されるもので、『年をまたいでの延期』という概念はないのが本来のスタンスです」

 と、元JOC職員でスポーツコンサルタントの春日良一氏は語る。

「東京五輪の開催都市契約には、大会が中止になった場合、『IOCは損失分を負わない』と明記してある。また、大会1回分の放映権料は約1200億円ですが、テレビ局としても今後の付き合いを考えれば全額返金要求とはならないでしょう。だからこそ、中止という可能性もゼロではないのです」

 SMBC日興証券の試算によると、中止の場合の経済損失は約7・8兆円。また、東京都はこれまでに1300億円以上を支出して六つの新設競技会場を整備したが、その中で大会後の年間収支で黒字を見込んでいるのはバレーボール会場の「有明アリーナ」のみ。残る5施設は年々、赤字を垂れ流すことになるのだ。

 かような事態となれば国難どころか国が傾きかねない。その「中止」よりは傷が浅くて済むと見られているのが「延期」である。

観測気球

 延期論に関しては、元電通専務で大会組織委員会理事の高橋治之氏が米紙のインタビューで、

「1〜2年延期するのが最も現実的な選択肢」

 と述べ、組織委の森喜朗会長がそれを全面的に否定する、というやり取りがあったが、

「高橋さんが森さんに無断であんな発言をするとは考えにくいので、観測気球と見た方が良い」(スポーツ紙記者)

 都庁OBで国士舘大学法学部客員教授の鈴木知幸氏はこう話す。

「高橋さんの本音は『2年延期が良い』でしょう。来年の8月にアメリカで開催される世界陸上は電通が放映権を握っている大会ですから、そことバッティングさせるわけにはいかない。再来年はカタールでサッカーワールドカップがありますが、時期も11〜12月ですし、五輪に出場する選手とワールドカップに出場する選手は年齢層も被らない。それで『2年延期が良い』と考えているのでしょう」

 先の春日氏も言う。

「どうしても延期するのであれば、『2年延期』が一番すっきりまとまるのではないかと思います。2022年に開催にすれば中国の北京で行われる冬季五輪と同年開催となり、『アジアが一丸となる』というオリンピック理念の一端を体現することができます」

 WHOとしても、

「ウイルスの終息に来年までかかる国や地域が出てくる可能性があるので、延期するなら1年ではなく2年の方が良いと考えているようです」(政府関係者)

 しかし、1年であれ2年であれ、延期することになれば各競技の選手たちに与える影響は甚大である。

「20年夏に合わせてコンディションを整えてきたのに、年単位で延期となれば調子も狂います。気力面でも『また長期間頑張らないといけない』という負担がかかりますし、年齢などで体力的に持たない選手も出てくるでしょう」(先の春日氏)

 影響を受けるのは選手たちだけではなく、

「例えば、東京・晴海に作る選手村は大会後に増改築し、23棟のマンション、計約5600戸を売り出す予定になっています。すでに販売済みの物件もあり、開催が延期になって予定通りに引き渡しができなくなると、補償問題に発展する可能性もあります」

 と、先のスポーツ紙記者。

「また、五輪の競技会場の中には、すでに1年後の使用予約が入っているものがある。延期になった場合、会場が借りられない可能性もあるのです」

 スポーツ評論家の玉木正之氏の話。

「過去に五輪が中止になった5回は全て戦争が理由でした。疫病での中止となれば前代未聞です。また、4年ごとというタイミングではなく開催されたのは1906年のアテネでの1回だけ。どちらにせよ極めて異例の事態となります。五輪憲章や開催規模など、五輪の在り方自体を見直す時機が来ているのではないでしょうか」

 東京五輪だけではなく、五輪そのものが揺らいでいるのである。

「週刊新潮」2020年3月26日号 掲載