私はこうしてコロナから生還した(前編)

日毎に増え続ける患者たちは、重症化の恐怖に耐えながら闘病を続けている。今そこにある危機を乗り越える“生きたバイブル”として、コロナから生還した7人の証言に耳を傾けてほしい。

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 神奈川県在住の男性(35)が身体に不調を感じたのは3月30日のことだ。

「朝起きた時に、軽い頭痛と腰の周りに重りをつけられたようなダルさを覚えたんです。翌日には体温が37・5度まで上がったものの、早退して市販の風邪薬のベンザブロックを飲んだら熱がひいたので以降も仕事を続けました。ただ、4月3日の朝に飲んだオレンジジュースの味がおかしかったんですね。甘みも酸味も感じなくて、水で10倍に薄めたみたいだった。その時に初めて、コロナ感染を疑うようになりました」

 コロナ闘病を体験した人々に尋ねると、初期症状として共通するのは発熱や倦怠感、下痢、そして、味覚・嗅覚の変化である。

 たとえば、〈口から鼻に抜けるような化学薬品の“ツーン”とした臭いを感じ、麦茶が信じられないくらいマズかった〉との証言があれば、〈いつもなら途中でスプーンを置くような、山椒の利いた辛い麻婆豆腐をすいすい食べ切ってしまった〉という人もいる。

 そして、味覚や嗅覚に異変が生じるのと時を同じくして容体が急変するのだ。

 先の男性も例に漏れず、

「翌4日に症状が一気に悪化しました。激しい頭痛に吐き気、大量の汗。加えて、ひどい眩暈(めまい)に襲われてトイレにも這って行くような有り様でした。耐えられずに救急車を呼んだところ、藤沢市内の病院に運ばれてPCR検査を受けることに。ただ、検査の2日後に“陽性”という結果が出るまでは自宅待機を言い渡され、しかも、延々と同じ症状が続いたんです。あまりに苦しくて病院に連絡しても、ベッドが足りないので入院を断られ、“なんとか市販薬でしのいでください”と。さすがに心が折れそうでしたよ……」

 男性はその後、どうにか入院することができ、症状も改善したことで現在は退院している。

 だが一方で、入院治療を受けることができないまま、長期の自宅療養を余儀なくされる患者も少なくない。

 たとえば、家族と離れて、都内のマンションで隔離生活を送る会社経営者(42)。

 彼は4月10日に“陽性”と分かり、保健所から届いた通知には〈重篤な肺炎〉という診断結果が記されている(掲載の写真)。

「3月下旬から高熱が続き、4月の初めにはカレーライスの匂いが消えて、何を食べてもしょっぱく感じるようになりました。咳も激しさを増して、息をするだけでむせ返るような状態。そのせいで胸が筋肉痛になったほどです。とにかくゴホゴホという空咳が止まらないので、呼吸困難に陥らないか心配で堪りませんでした。しかも、私は以前から糖尿病を患っていて、そのことを保健所の方に話したら、“急に病状が悪化して命に関わることもあります”と言う。にもかかわらず、病院に相談すると“病床に空きがないので入院はできません”とはねつけられました。私のように自宅に隔離されたまま、精神的に追い詰められている患者は少なくないはずです」

 女優の岡江久美子は自宅療養中に容体が急変し、大学病院に緊急入院。4月23日に急逝している。

 幸いこの男性の症状は峠を越えたようだが、

「いまも朝9時と夕方4時、そして寝る前の1日3回、妻に電話をかけてもらっています。もし私と連絡が取れなくなったら119番してほしい、と。不用心だとは思いますが、救急隊員が駆けつけた時のために玄関のドアは開けっ放しです。とはいえ、いきなり呼吸困難になって救急車を呼んだとしても、受け入れ先を探すだけで1〜2時間たらい回しにされてしまう可能性がある。最も症状が重かった時は、常に“このまま見殺しにされるんじゃないか”という恐怖に駆られていました」

千本の針で

 他方、都内でWEB広告の代理店を営む男性(37)は“コロナ闘病中”を名乗り、ツイッター上で容体を綴ってきた。

 彼も陽性と診断されるまでに相当な苦痛を味わっている。

「3月27日に38・1度の熱が出て、それからは朝方こそ36度台に下がっても徐々に熱が上がり、夜には39度台に達する日々が続いたんです。味覚も嗅覚もほとんどなくなって、鈍器で殴られているような“ズーンズーン”という頭痛に悩まされました。関節が痛んで夜中に何度も目が覚めるし、腰痛もツラかった。それこそ、腰が服の生地に触れるだけで鋭い痛みが走るんです。千本の針でブスブスッと刺されているような感覚でした」

 単なる風邪とは明らかに異なる症状に不安を募らせた男性は、保健所に連絡した上でPCR検査を受けたのだが、

「検査結果が出るまで2、3日かかると言われたので、とにかく自宅から一歩も出ないようにしました。ただ、その間にも症状はどんどん悪化していきまして……。体の寒気は引かないのに、頭だけが沸騰したお湯をかけられたみたいに熱い。高熱のせいで顔は真っ赤になって、目も赤く血走っていました。お風呂に水を張って、頭だけ突っ込んだこともあります。検査結果が出るまでの3日間は、本当に地獄のような日々でした。これが体力のないお年寄りだったら命を落としかねないと思います」

 また、生還した元患者の多くが指摘するのはPCR検査のハードルの高さだ。

 3月末に高熱に見舞われた関西在住の40代男性が明かすには、

「私は昨年6月に大腸がんの手術をして、今年2月まで抗がん剤治療を続けていました。そのせいで抵抗力が落ちていたのは事実だと思います。基礎疾患のある人は重症化しやすいと報道されていたので、異変に気づいてからまもなく保健所に連絡しました。ただ、保健所は“PCR検査は順番待ちなので、まずはかかりつけ医を受診してほしい”と言うばかりでした」

 この男性の場合、最初に保健所に連絡してから陽性と診断されるまで、実に1週間を要している。その間も38度を超える熱は下がらないまま。下痢の症状も酷く、1日に10回も便意を催してトイレに駆け込むほどだったという。

 そのため、

「PCR検査の結果を聞いた時の心境は“そうでしょうね”というもの。正直なところ、“これだけコロナを疑う症状が出ているのに、なんでもっと早く陽性と診断してくれなかったのか”と思いましたよ。病院や行政はいまだに混乱を極めている印象です」

 家族や友人と距離を置き、行政や医師の判断も定まらないなかで続く、“見えない敵”との戦い。そこには想像以上の過酷さがある。

「週刊新潮」2020年5月7・14日号 掲載