近所の薬局では依然として品薄だけれど、簡単に手に入ったなんていう話を最近よく聞く。日本国内でコロナウイルスの感染者が確認されてから4カ月近くが経つ現在、「マスク」の販売はこんな状況だ。実際は、先日まで「バブル価格」だったその値段は、徐々に下がってきているという。流通アナリストの渡辺広明氏が、そのカラクリを読み解く。

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 コロナ以前、マスクはドラッグストアなどで50枚入り500円強で売られていました。ところが、世界的な需要増によって原材料である不織布「メルトブロー」の価格は、今や20~
40倍ほどに高騰。世界のマスクの半分を生産していた中国の製造元は、それまでのだいたい8〜10倍の値段で売らなければもとが取れなくなりました。

 当然、消費者に届く際の小売価格にも値上がり分が反映されますが、平時よりかなり高くなったマスクを売れば、〝ぼったくり〟と世間から批判されかねません。そのため、バブル価格のマスクはチェーン系の薬局では売られずに、普段ではマスクを扱わないような店で販売されている……。4月22日の配信記事「【コロナ禍】東京「新大久保」でマスクが大量に売られているワケ…ただし今だけ?」で紹介したのは、こうした状況でした。だいたい2週間前の時点では、東京・新大久保の韓流ショップなどで50枚入りで3500円前後が相場でした。

 そこで見ていただきたいのが、掲載の写真です。こちらは5月7日のおなじ新大久保でのマスク販売の様子です。50枚入りマスクの値段が、税別価格で2500円前後にまで値下がりしていることがわかります。およそ2週間で、1000円程度、値下がりしているわけです。

 以前は新大久保やアメ横など限られたエリアで売られていたマスクは、それ以外の場所でも売られるようになりました。私の自宅がある神奈川県の川崎でもマスクは売られていましたし、五反田では、リアカーを引いて販売している業者も。みなさんのご近所でも、個人経営のアパレルショップやレストランの店先で、マスクが売られていたりするのではないでしょうか?

 値段が下がり、そして色々な場所で売られるようになったマスク。原因はなんでしょうか。

行き場を失ったマスク在庫

 先に説明したとおり、世界のマスクのおよそ半分を生産しているとされているのが、中国です。その中国でも、コロナ禍の当初は、自国民にマスクが行き渡ることを優先していました。そのため、3月いっぱいまでは輸出を規制しており、国外に出すことはほぼない状況だったのです。その間にも、アジア圏以外で着ける習慣がなかったマスクの需要は、欧米を中心として世界的に高まっていた。当然、中国の業者としてもこの手を逃すはずがない。もともとマスクを生産していた業者とは別に、新規参入する業者も現れました。その数、9000社とも言われています。そうして作られたマスクは4月1日から中国国外に輸出されました。

 ところが、こぞってマスクビジネスに参入した業者たちの目論見は外れてしまいます。もともと中国のマスクの輸出先は、8割が日本といわれています。各業者とも、日本のドラッグストアなどの小売店に売り込むつもりでいたところ、その日本の小売店が、仕入れてくれないのです。

 理由としては、まず、先に紹介したように「バブル価格」での販売が批判されるからです。実際にスーパーマーケットチェーンの「イズミヤ」が、50枚入りマスクを税抜き3980円で販売した際には、ネットで炎上を招きました(イズミヤ事件、と私は呼んでいます)。各社ともイズミヤの二の舞になることを恐れ、値上がりしたマスクを販売しなかったのです。

 そしてもうひとつの理由が「マスクの品質が担保できない」という点。コロナ以前からマスクを製造していた業者であるならともかく、新規に参入した業者ともなれば、製造するマスクの「品質」が確かなものか否か、わかりません。政府の「アベノマスク」ですら回収騒ぎが起きたくらい、マスクの品質管理はなかなか難しい。きちんとしたクリーンルーム(防塵室)で製造されている保証はないわけで、そうした製品を、ドラッグストアでは売りにくいのです。

 こうして行き場を失ったマスクがまず行き着いた先が、新大久保やアメ横でした。そこでも捌けなくなり、ある意味「余剰」となったマスクは値を下げ、そしてほかのエリアやインターネットでも売られるようになった、というのが現状なのです。

 中国でビジネスを展開する業者に取材をすると、当初は1枚50円でおろすつもりだったマスクの価格は、買い取り枚数にもよりますが、30〜35円程度になっているといいます。

6月からまた値上げ?

 これで日本のマスクをめぐる騒ぎはひと段落――かというと、そうとも言い切れません。6月ぐらいからは、また「50枚3500円」の、2週間前と同じ状況になる可能性があります。

 その要因のひとつが、前回の記事でも触れた、中国における「粗悪品禁止令」。質の悪い製品が「メイド・イン・チャイナ」として世界に出回るのはよろしくないということで、中国政府は4月18日付けで輸出マスクの管理を厳しくしたのです。具体的には、「医療用か否かを明記させる」「包装は小売のできる形で」といったものです。規制によって、これまでのように簡単に輸出はできなくなり、日本にやってくるマスクの数も減りかねません。

 また依然として、原材料であるメルトブローは高騰しています。業者としても、できることならば高値で売りたい。だから品質にうるさく、値下げしないと売れない日本に輸出するくらいならば他の国に……となっても不思議ではないでしょう。

 5月いっぱいで緊急事態宣言が解除されるとなると、これがマスク価格の高騰を招くかもしれません。というのも、外出自粛がされていれば、外に出ないわけで、マスクをする必要がないわけです。逆説的ですが、緊急事態宣言によってマスクの需要は減った側面があるわけです。ところが解除によってみんなが外に出るようになれば、またマスクが必要になる。需要が高まれば値段も上がります。私の予想では、コロナの収束具合には関係なく、今年いっぱいくらいまではマスクをつけて過ごす習慣が続くと思います。

 こうした要因がありますから、先の中国輸入業者も「この価格で卸すのは今だけ」と言っていました。もちろん、日本国内の生産数は上がっています。日本衛生材料工業連合会会長でユニ・チャームの高原豪久社長は、今秋にも業界全体の生産枚数は月8億枚になるとしていて、18年度の国内の年間生産数が約11億枚だそうですから、これは大幅な生産増です。ソフトバンクが中国の大手電気自動車メーカーBYDと提携し、5月から月3億枚を確保したのも期待が持てます。とはいえ原材料が高騰していますから、日本製のマスクの値段も、コロナ前と同じようにとはいかないでしょうね。

 個人的には「アベノマスク」がもっと活用されるべきだと考えています。一般消費者は布マスクを積極的に使用し、効果の高い不織布のマスクは医療・介護従事者などに回すべきです。アベノマスクの失敗は品質管理が徹底できていなかったこと。きちんとした商品の目利きと品質管理ができるバイヤーを参画させ、業者に徹底させるべきだったと思います。

 地球上のあらゆる国が、「マスク」というひとつのものを同時に欲しがる状況は、人類史上はじめての事態です。値上がり値下げをふくめた混乱は、もうしばらく続きそうです。

渡辺広明(わたなべ・ひろあき)
流通アナリスト。株式会社ローソンに22年間勤務し、店長、スーパーバイザー、バイヤーなどを経験。現在は商品開発・営業・マーケティング・顧問・コンサル業務など幅広く活動中。フジテレビ『FNN Live News α』レギュラーコメンテーター、デイリースポーツ紙にて「最新流通論」を連載中。

週刊新潮WEB取材班編集

2020年5月9日 掲載