首相にとって、これほど最悪の結末はなかったであろう。「きゃりーぱみゅぱみゅ」まで参戦するほどの総攻撃を浴びてもなお、検事総長に据えたかった、黒川弘務・前東京高検検事長(63)。しかし、その当事者自身が、自爆とも思える醜聞により、勝手に出世レースから脱落していったのである。

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「週刊文春」が、黒川氏と産経新聞の司法クラブ所属記者2名、そして、朝日新聞の元司法担当記者1名との「賭け麻雀」をウェブサイトで報じたのは、5月20日のこと。緊急事態宣言下、その真っ只中に2度も雀卓を囲んでいたことに加え、辞表提出後も、「訓告」という、ほぼ無罪放免の処分で終わらせたものだから、世論は沸騰。

「懲戒免職にしろ!」

「起訴すべし」

 そして、矛先は雀卓を囲んでいた記者たちにも向かって、

「実名報道せよ」

 との声も上がっているのは周知の通りである。

 当時、黒川氏はある意味、日本で最も注目される身の一人であった。マスコミに追いかけられることがわかっている中での賭け麻雀だから、その脇の甘さには絶句するしかあるまい。

「黒川さんは学生時代から麻雀狂でしたよ」

 とその歴史を説明するのは、彼の“雀友”の一人。

「省内、庁内やマスコミなどを相手に多い時では、平日、週に1回程はやっていた。だいたいスタートが仕事終わりの18時くらいで、終わるのが深夜2時前、という感じですかね」

 報道では、麻雀が行われていた場所は、都内の産経記者のマンション。が、これは定年延長問題で黒川氏が「著名人」となったために最近作られた「アジト」で、それまでは都心の雀荘で開かれるのが常だったという。

 それにしても、検察のエリートコースを歩んできた黒川氏がよくも週に1度の時間が作れたものだが、

「文字通り、万難を排してやってくるんです。あの人は根っからの麻雀好きで、日程を指定するのは、いつも黒川さん。たぶん、麻雀の日はお昼くらいからソワソワしていたと思いますよ……。国会が法務省提出の法案で紛糾している最中でも時間通り雀荘に飛び込んできて、“こっちの方が大事だからな”と始めるんです。当然、麻雀中に大事な電話が鳴る時がある。普通の人は、音が気になって席を外すでしょ。けど、あの人は絶対に立たない。大臣が相手だろうと、ジャラジャラする中“はい、はい”と答えながら続けるんです。で、当たり牌が出ると、“ん!”って指を差す」(同)

 彼の部下に当たる法務・検察幹部の間でも、黒川氏は「夜は気もそぞろになる」と知られていたというから、根っからのフリークである。

 今回の騒動では、賭けのレートが「千点100円」で、俗に言う「テンピン」なる用語が登場した。雀友が続ける。

「基本はそれで、サラリーマンが仲間内でやっているレートと一緒なんです。『割れ目』というギャンブル性が上がる特殊ルールで打つこともありましたが、せいぜい半荘(ハンチャン)で5千〜6千円動く程度、どんなに負けても一晩で3万〜4万円といったところでしょうか」

 常に「ガチンコ麻雀」で、「弱いヤツは連れてくるな」が口癖だったという。

片尻上げて…

 釣りでも囲碁・将棋でも、趣味の作法には、その人の“人物”が自ずと出る。

 黒川氏のケースは、どうだったのか。

「極めて正統派の打ち方でしたよ」

 と言うのは、やはり麻雀仲間の知人である。

「特に守り重視。相手の気配をよく観察していて、こちらの待ちをずばりと指摘されてドキッとしたことは何度もあります。それで、危ないと思ったときは守備に徹する。もちろん、ここが勝負所と踏んだら、厳しいところをビシバシ通していきますが」

 なぜ今回の事態では“守備に徹”して家で大人しく過ごしていられなかったのか。フシギである。

 他方で、政権幹部の寵愛を受けた「座持ちの良さ」は雀卓でも発揮されていたようで、

「麻雀で負けがこむと不機嫌になる人はよくいますが、黒川さんにそれはなかった。振り込んでも“やっぱこれは危なかったよなぁ”ってうなずくんです。そして、“さぁ次いこう!”となる。ツキがなければ負けるのが麻雀。でも、黒川さんはいくら負けがこんでも黙り込むようなことはありませんでした。“今日は○○ちゃんの日だったなぁ。じゃあ、また来週な!”って。彼は酒が弱くて、飲まないんですが、タバコをプカプカ吸って陽気でした。途中で片尻上げて“ブッ”と平気でおならもしていましたし」(同)

 黒川氏が、麻雀となれば我をも忘れることは、周辺では誰もが耳にしていた。となれば、取材対象に食い込むことで飯を食う「記者」がそこに活路を見出すのは、ある意味、自然な流れ。とりわけ熱心だったのが産経、朝日の両紙であったというワケなのだ。

“勝負”の場

 もっとも、朝日の場合は、現役記者たちが麻雀の心得がなかったのか、参加していたのは50代の元記者であったし、そもそも、雀卓が「ネタ」に結びついていたのかは微妙なところで、

「黒川さんは、口が堅いことで有名ですから」

 と述べるのは、さる全国紙の司法担当デスクである。

「人付き合いがよく、法改正の論点や、他省庁の人事、同僚の批判となると饒舌ですが、肝心の捜査の話となると話題を巧みに逸らすんです。実際、現役の記者ではなかった朝日はともかく、産経だって、検察ネタがばりばり抜けていたワケではない。そもそも、麻雀の場で、事件のネタなんて漏らすワケもありませんから……」

 今回の件では、黒川氏の帰宅時、産経の記者がハイヤーを用意したことも「便宜供与」と問題になった。

「だから、車の中を“勝負”の場にしていたんでしょう。そこしか取材の場はありませんから、掴んだ情報をぶつけて感触を探る」(同)

 そんな“努力”をスパッと切り捨てることもできなかったか、産経は、事の発覚翌々日の紙面で〈賭けマージャンは決して許されるものではな〉く、〈深くおわび申し上げます〉とする一方で、同日の一面コラムで、〈現場の記者は、取材源の人物から情報を取るために、あらゆる手立てを講ずる〉〈担当する検事の趣味の登山に、早朝から付き合う。囲碁が好きな捜査官に合わせて猛勉強して、有段者になった記者を知っている〉と、「わかってくれよ」といった表現。

 朝日は元記者の“関与”について、社説で〈こうべを垂れ、戒めとしたい〉ともってまわった言い方の「謝罪」をする一方で、調査結果の中で「朝日の『記者』が参加した」と発表した法務省に対し、“誤り”と伝えるなど、火消しに躍起なのだ。

「私も、どれだけ警察官と麻雀やったかわかりません」

 と振り返るのは、彼らの大先輩に当たる、元読売新聞社会部記者の大谷昭宏氏。

「テンピンなら僕らの時とレートはあんまり変わっていないな、と思ったくらい。先輩記者からはよく“一杯のコーヒーより一杯のお酒”“一緒に悪さをすると一番のネタ元になる”と言われたものです。飛び込んでいかないとなかなか本当のことは漏れてこない。その上で、麻雀に誘ったら“ごめん、明日朝早いんだ”と言われる。で、明日“ガサ”があるんだ、とわかるレベルですが、決して建前だけの世界ではない」

 加えて、厳しく言う。

「ただ、今回の件は、それとは異質なものを感じます。本当にお互いの仕事をリスペクトしていたら、あの最中に麻雀はやらないはず。誘われても“今はやめておきましょう”と言うはずです。より良い報道というより、自分たちの関係を優先させたという気がしてならない。逆に、これを機にコンプライアンス至上主義者が叫んで、記者がますます萎縮していく。そうなれば、新聞の役割はどんどん薄れていくでしょうね」

 わけても、この時期の麻雀という、危機回避能力のなさ。この人が「検事総長」になっていたら、それこそ「緊急事態宣言」が必要だったかもしれない……。

「週刊新潮」2020年6月4日号 掲載