こんな時に「富士山」が危ない!?(1/2)

 こんな時に……という人々のため息が聞こえてくる。南九州を襲った大水害。コロナ禍の最中、避難を余儀なくされた人々の健康が懸念されるが、今後も夏から秋へと、台風など自然災害の脅威は増すばかり。

 特に、ここ数カ月の間に東日本から中部地方にかけて、緊急地震速報を伴う地震が何度も起こった。6月25日早朝には、千葉県東方沖を震源とするマグニチュード6・1の地震が発生。最大震度5弱を記録したこの地震は、東日本大震災の余震だと気象庁が発表した。

 新型コロナウイルスの感染拡大が続く中で、さらに地震への備えも?と思われる方も多かろう。

 しかし、実はこの4月、政府は富士山の噴火についてある警告のシミュレーションを発信していた。コロナ禍に埋れ、ほとんど顧みられなかったその驚愕の内容に触れる前に、まずは専門家の意見を聞いてみよう。

「地震が頻繁に起こる中で、日々防災意識を高めるに越したことはありませんが、自然災害の中で人類に大きな被害をもたらすのは、地震よりも火山の噴火だと思います」

 と話すのは、日本地震予知学会会長で東海大学教授の長尾年恭氏だ。

「たとえば、北米最大の火山地帯・イエローストーンは、噴火すればその火山灰によって全米を壊滅状態にさせるとの試算が出ています。遡って、約7300年前に起こった薩摩半島沖の鬼界カルデラの噴火では、四国以西の縄文人を破滅に追い込んだと言われています。その噴火を境にして、縄文土器の形式が南方系から北方系へと完全に移行しています」

 イタリアのポンペイが亡んだように、ひとつの国家ばかりか文明までを根絶やしにしてしまうのが火山の噴火。それが地震と連動して引き起こされることが、近年の研究で明らかになってきた。

 長尾氏が続けて語る。

「今後30年以内に70〜80%の確率で発生すると言われている南海トラフ地震と、富士山噴火は多分関連しています。富士山が最後に噴火したのは1707年、江戸時代に起きた宝永(ほうえい)噴火で、大地震から僅か49日後の出来事でした。それから約300年、不気味な沈黙を続けているのです」

 この1200年の間だけでも富士山は11回噴火したが、ここまで長く平穏を保っていたことはないという。

「頻繁に噴火する火山は、簡単に言えば適度にガス抜きが行われており、大規模な噴火は起こりにくいという傾向があります。逆に言えば、前回からの間隔があいている富士山は、ひとたび爆発すれば大規模な噴火になる可能性が高い。近い将来に噴火するとは、火山学者の100%が同意するところです」

 一方で読者の中には、子供の頃、富士山は噴火などしない「休火山」だと、教室で教わった記憶をお持ちの方も多いのではないか。その認識はリセットしていただく必要がある。

 気象庁のホームページを見ると、かつては「休火山」をこんな風に定義していたと釈明している。

〈富士山のように歴史時代(文献による検証可能な時代)に噴火記録はあるものの、現在休んでいる火山のことを指して「休火山」、歴史時代の噴火記録がない火山のことを指して「死火山」という表現が使われていました〉

 だが、火山学の発展に伴い、世界的にも「活火山」の定義が変わったと説く。

〈数千年にわたって活動を休止した後に活動を再開した事例もあり、(中略)2003(平成15)年に火山噴火予知連絡会は「概ね過去1万年以内に噴火した火山及び現在活発な噴気活動のある火山」を活火山と定義し直しました〉

 その数は現在111。中でも50の活火山が、〈今後100年程度の中長期的な噴火の可能性及び社会的影響〉を考慮して、〈監視・観測体制の充実等が必要〉とされている。つまりは、いつ噴火してもおかしくない要注意の火山が各地に点在しているのだ。

 具体的には、14年に噴火して、火山被害では戦後最大の63名もの死者・行方不明者を出した御嶽山(おんたけさん)や、2年前の噴火で死者1名・重軽傷者11名の被害を生んだ草津白根山が挙げられている。

 長く沈黙を守る富士山が、“ブラックリスト”でそれらの「活火山」と同列に記されたのには理由がある。

「東日本大震災は、富士山をはじめとする火山が乱立する日本列島の地盤に大きな影響を与えました。まさに千年ぶりの大変動期に突入したと言っても過言ではありません」

 そう解説するのは、京都大学大学院人間・環境学研究科教授の鎌田浩毅氏だ。

「3・11以降、地震と噴火が頻発していますが、地球科学的にみれば、むしろ戦後はたまたま地震の少ない時期と重なっていたに過ぎません。3・11の地震で、太平洋プレートによって強く押されていた日本列島が一気に緩み、引き伸ばされてアメリカ寄りに約5メートル移動した。これが富士山のマグマに影響を及ぼしたと考えられます」

不気味な兆候

 地震によって、富士山はどんな影響を受け、それがなぜ大噴火に結びつくのか。

 その仔細に触れる前に、まずは富士山が噴火するメカニズムを知る必要があると、鎌田氏が話を続ける。

「火山噴火は『発泡』と呼ばれる現象によって引き起こされます。地下のマグマには5%程度の水分が含まれていて、それが水蒸気へと変化する現象ですが、ひとたびこれが起きるとマグマの体積が膨張し始め、やがて噴火に至るのです」

 ビール瓶に例えれば、揺らしたり、落下させるなどして衝撃を与えると、開栓時に一気に中味が噴き出すのと同じ理屈らしい。

「地震の揺れで火山のマグマだまりに刺激が加わると、発泡が促されることが分かっています。東日本大震災で富士山の発泡が促されたことは間違いありません。今はたまたま小康状態を保っているだけで、次に南海トラフを震源とする地震や、何らかの刺激がマグマだまりに加われば、噴火する可能性が高いのです」

 鎌田氏は、3・11の4日後に、富士山直下が震源となったマグニチュード6強の地震も、無視できない要因だと指摘する。

「地震は、富士山の火口から20キロの深さにあるマグマだまりの少し上、14キロあたりにある岩石が割れたことによって生じました。いわばマグマだまりの天井にひびが入ったことで中の圧力が下がり、非常に不安定な状態なのです。ちなみに、マグマだまりにかかる圧力が緩んでも、発泡は促進されます。そのため、圧力が下がって発泡が続けば、マグマが火口まで上がって噴火に繋がるのです」

 富士山のマグマは、沸々と火口から噴き出すタイミングを見計らい、スタンバイ状態にあるわけだが、不気味な兆候は他にもある。

 東京大学名誉教授で、山梨県富士山科学研究所所長の藤井敏嗣氏が言う。

「富士山では、00年から01年にかけて、深部低周波地震が多く観測されました。人には体感できないほどの揺れですが、マグマや火山ガスに動きがあることを表すもので、噴火の前兆現象のひとつです。それまでひと月に10回程度だった揺れが、100回ほどに増加し、これが半年続いたことで、富士山はいつ噴火してもおかしくない、今も生きている火山だと分かったのです」

 一般的に火山では、地下のマグマが火道を上昇するにつれ、「低周波地震」に始まって「有感地震」や「火山性微動」が起こる(掲載の図)。それらの「前兆現象」をいち早く観測できれば、マグマがどの位置まで上昇しているか分かり、噴火を事前に把握できる可能性が高まる。

 しかしながら、再び長尾氏に尋ねると、

「マグマは一度でも上昇すれば、そこから下がることは基本的にありませんが、上昇のスピードは一定ではありません。例えば、火口から深さ20キロのところにあるマグマが、10キロまで上昇するのに10年かかったとしても、そこから噴火するまではたった数日しかかからないケースもあるのです」

 そもそも、マグマの位置を知る上で欠かせない「前兆現象」が、富士山では把握しにくいそうだ。

「富士山は綺麗な円錐形をしていることからも分かるように、火道がすでに出来上がっている火山です。こういった火山の場合、噴火の前兆である山体膨張が顕著に起こらない可能性もあるのです」(同)

「火山灰200年分」

 そこで重要なのが、火山を常時監視する観測所の存在だ。マグマが火口に近づくと、山体が膨張して地殻変動が生じ、地磁気が乱れる。また地表に噴き出る火山ガスを測定すればマグマの状態が分かり、噴火の予兆を捉えられる場合もあると、長尾氏が続ける。

「富士山は5合目より上に観測所はありません。それより下には、東大地震研や国土地理院の観測所が複数あって、地震や地殻変動を監視しており、そこだけでも噴火の前兆を捉えることは可能ですが、より精度を高めるためには山頂での計測が重要なのです。富士山と構造の似た三宅島や伊豆大島では、頂上付近で地磁気等も測定しています」

 いったいどうして富士山では山頂が放置されてしまっているのか。

 実は8合目から頂上までは、富士山本宮浅間(せんげん)大社の土地となっているため、自由に観測所を設けることができない事情があった。

「山頂には、気象庁の旧測候所の建物がありますが、国がきちんと予算をつけてくれれば維持できる。そうした要望をある国会議員にも伝えましたが、“次の選挙までに成果が出ないと難しい”と門前払いされてしまった。自然科学では、少なくとも10年か20年は研究を続けないといけない。地震と同様、すぐに成果が出ない火山研究にはお金が下りにくいのです」(同)

 そこで長尾氏が理事を務めるNPO「富士山測候所を活用する会」は、気象庁が管理する山頂の施設を借り受け、観測を行うことにした。今夏にも地磁気の測定を始める予定だったが、コロナ禍の影響で登山禁止となり来年以降に延期。活動の存続が危機に立ち、クラウドファンディングで資金を募っている。

「火山というのはひとつひとつの山で特徴が大きく異なり、いわばホームドクターのような研究者が、計測したデータをつぶさに見る必要があるのです。北海道の有珠山(うすざん)で00年に起こった噴火では、発生前に住民避難が完了して被害を最小限に止めることができました。これは北海道大学の岡田弘教授(当時)らが、有珠山に常駐して研究を続けてきた成果。御嶽山の噴火でも前兆はあったのですが、無人の観測データだけでは、予測に活かすことは難しいのです」(同)

 さらに悩ましいのは、次の富士山噴火が、山頂にある火口からとは限らないことだと、先の藤井氏が言う。

「前回の宝永大噴火では、山頂ではなく5合目付近が噴火口で、最大の噴火と呼ばれる864年の貞観(じょうがん)の大噴火は2合目あたり。過去2300年間の噴火は60回以上で、全て山頂以外に火口を作って噴火したので、今後も山頂以外の場所から噴火する可能性は高い。最悪の場合、噴火の数時間前の兆候からしか判明しないと思います」

 相手は46億年も前から地球で気を吐くマグマである。人間が最先端の科学を駆使しても、正確な予測は難しい。だが、最悪でも数時間前には警報を鳴らせるということか。

 先の鎌田氏が断じる。

「富士山がいつ噴火してもおかしくない状態であるのは確かでも、時期を正確に予測するのは不可能です。世の中には、気象庁が公表するデータを処理し、何月何日に噴火と予測する数字も出回っていますが、これは科学的根拠が全くない。ただの希望的予言です」

「週刊新潮」2020年7月16日号 掲載