マスコミとは勝手なもので、「安倍首相辞任」が報じられた瞬間から、ぱたりと新型コロナウイルスのニュースが減った。

 あれだけコロナの危機を煽っていたワイドショーまでもが、総裁選のことばかり。確かにコロナの陽性者数は減少傾向にあるが、会見の行われた8月28日にウイルスの変異が起こったわけではない(当たり前だ)。

「重大ニュース」は相対的に決まる。報道番組には尺があり、新聞や雑誌にはページという制約がある。今年の初めから夏頃まで、ニュースがコロナ一色だったのは、それ以上に深刻な出来事が起こらなかったことの裏返しでもあった。

 もし世界大戦が勃発したり宇宙人が襲来していたら、メディアはコロナに見向きもしなくなっていただろう。

 未来の歴史教科書において「2020年に新型コロナウイルスが流行した」という出来事は、どのような扱いになるのだろうか。

 それは、これから数十年に起こる事件次第である。約1世紀前の1918年、世界でスペイン風邪の大流行があった。日本(内地)でも45万人以上が命を落としている。関東大震災の犠牲者の約5倍だ。

 しかし現在の歴史教科書で、スペイン風邪に関する記述はほぼ皆無。1918年の年表を見ても「シベリア出兵」「米騒動」「原敬内閣成立」といった具合だ。

 なぜスペイン風邪は忘れ去られてしまったのか。歴史人口学者の速水融は著書『日本を襲ったスペイン・インフルエンザ』で、死亡率が高いとはいえず流行もすぐに去った、超有名な人物の命を奪わなかったなどの理由を挙げる。

 加えて、1918年が歴史の曲がり角だったことも重要だという。第1次世界大戦が終結し、戦勝国になった日本はその後、国際連盟の理事国になった。国内では、米騒動に象徴される社会運動や労働運動が盛り上がる。電力生産量が増え、庶民の生活も近代化されていく。

 当時の日本にとってスペイン風邪は、相対的に「軽い」事件だったのだ。さらに1923年に起きた関東大震災は、死者数こそスペイン風邪よりは少ないが、東京や横浜の景観をがらっと変えてしまった。この点が感染症の流行と違う。そのインパクトもあり、後世まで語り継がれているのだろう。

 2020年の日本は、「オリンピック延期」「安倍政権が終幕」「多目的トイレ不倫」などのニュースがあったものの、やはり衝撃と影響でいえばコロナに勝るものではない。しかも全てコロナ関連ニュースともいえる。

 その意味で、コロナは、スペイン風邪よりも死者数は遥かに少なく済みそうだが、未来の歴史教科書に掲載される公算は大きい。

 むしろ、それを願うべきなのかも知れない。これからコロナ以上の大事件が起きませんように、と。

 世界のコロナへの対応は戦争そのものだった。それがガス抜きとして機能したことで、しばらくは大戦争は起こりにくくなったのではないか。しかし天災は防ぎようがない。未来が不安な時代は続きそうだ。

古市憲寿(ふるいち・のりとし)
1985(昭和60)年東京都生まれ。社会学者。慶應義塾大学SFC研究所上席所員。日本学術振興会「育志賞」受賞。若者の生態を的確に描出し、クールに擁護した『絶望の国の幸福な若者たち』で注目される。著書に『だから日本はズレている』『保育園義務教育化』など。

「週刊新潮」2020年9月24日号 掲載