阪神タイガースは今年、球団史上最多となる外国人選手8人体制でシーズンに挑んでいる。なかでも最も注目されているのが“バースの再来”と言われているジャスティン・ボーア(32)だろう。

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誰もが「バース」の再来?

 なにせメジャー通算92発を誇る長距離砲で、過去3度のシーズン20本塁打超えをマークしているからだ。単年契約ながら年俸は約2億7500万円と推定されている。

 開幕前から、球団創設85周年のメモリアルイヤーにV奪回のための使者として、その活躍が大いに期待されていた。

 だが、である。過去、“バースの再来”と呼ばれて期待されながら、それを大きく裏切る結果となった外国人助っ人は数知れずなのだ。

 その最たる例は、97年に入団したマイク・グリーンウェル(56)だろう。ボストン・レッドソックスで活躍し、“ボストンの英雄”とまで称された現役バリバリのメジャーリーガーで、当時の球団史上最高額となる推定年俸3億円超という超破格待遇で契約した。当時2年連続最下位と低迷するチームの立て直しを期待されていたのである。

 ところが、春季キャンプ途中で背中の痛みを訴えて一時帰国してしまった。4月末に再来日したものの、公式戦に初出場したのは5月3日に甲子園球場で行われた対広島東洋カープ戦だった。

 そして、そのわずか8日後の5月11日の対読売ジャイアンツ戦で、自打球をもともと痛めていた右足甲に当て骨折すると、「野球を辞めろという神様のお告げがあった」と言い放ち、本当に引退してしまったのである。

 この勝手な振る舞いに、マスコミや全国のプロ野球ファンは“ゴールデンウィーク(G.W.)にだけ来て帰ったグリーンウェル(G.W.)”と罵声を浴びせたほどだ。

 残した成績は7試合で打率2割3分1厘、0本塁打、5打点で、阪神だけでなく、日本プロ野球史上でも最悪クラスのハズレ外人選手となってしまったのだった。

 そして、このグリーンウェルのあとにも続々と期待を裏切る“バースの再来”が現れる。今回は21世紀以降に入団したなかで、1年もたずにお払い箱になった阪神のダメ外国人選手をご紹介していこうと思う。

 まずは、04年に来日したマイク・キンケード(47)である。00年のシドニー五輪で金メダルを獲得した野球アメリカ代表のメンバー、しかも内外野に加えて捕手までできるというユーティリティプレイヤーということで大いに期待された。

 事実、オープン戦では打率4割をマークするなど好調で、“キンちゃん”の愛称で親しまれていた。

 ところが、いざシーズンに入ると出場した全26試合で12死球を食らうという珍記録を打ち立て、“死球王”としてクローズアップされた。ファンからも「当たり屋」とか「わざと当たっている」と揶揄されたほどだった。

 しかもそのデッドボールで左手薬指を骨折し、長い2軍暮らしでシーズンの大半を棒に振ってしまったのだ。

 そして最後は、負傷から復帰後の翌日の試合で、ダイビングキャッチを試みて再び負傷してしまうという始末である。

 そのまま2軍に逆戻りし、“スペ体質”(頻繁に怪我による故障を起こすことを意味する俗語))であったこともあり、打率2割3分3厘、3本塁打、7打点という悲惨な成績を残してそのまま解雇されてしまった。

58打席連続無打点の選手も

 次は、07年オフに“選球眼が良く、確実性のある中距離打者”という触れ込みで入団したルー・フォード(43)だ。

 しかし、フタを開けてみるとさっぱりで、パワーなしの貧打で鈍足、さらに守備も下手と、いいところなしのダメ外人だった。その名前から“廃車”や“ポンコツ車”と揶揄されたほど。

 ある試合で、ワンバウンドしたボール球に2度も手を出して三振した際には、当時の岡田彰布監督(62)から、「この中で1人野球が分かっていないヤツがおる」と言われるくらいの逆鱗に触れ、その翌日にシーズン3度目となる2軍落ちをしている。

 結局、47試合で2割2分5厘、3本塁打、11打点という低調な結果しか残せず、チームがクライマックスシリーズを控えていたにもかかわらず帰国し、そのまま退団してしまった。

 そしてこのフォードを超えるダメさ加減だったのが、09年に年俸1億8000万円の1年契約で入団したケビン・メンチ(42)である。

 メジャー通算89本塁打、04年には26本塁打を記録し、06年4月には右打者のメジャー記録となる7試合連続本塁打を放った、超大物助っ人として来日した。

 破壊力抜群のパワーに加え、強肩&攻撃的な走塁も魅力で走攻守3拍子揃った4番候補の大砲として期待されていた……ハズだった。

 ところが、いざオープン戦に突入すると140キロ前後の直球にさえ対応できず、変化球も全く打てない。不振を極めた結果、開幕からわずか1カ月たらずで1軍登録抹消の憂き目にあってしまう。

 それでもなんとか2軍で調子を上げて5月には1軍に復帰したが、2試合連続ノーヒットと結果を出せず、わずか3日で再び2軍落ちしてしまった。

 その後、夫人の出産に立ち会うため7月に帰国したが、そのまま再来日することはなかった。この年の11月に正式退団。結局、出場15試合で打率1割4分8厘、2打点で本塁打0という記録が残っている。

 このメンチに負けるとも劣らない低成績を残したのが、12年オフに契約したブルックス・コンラッド(40)だ。

 契約時に、13歳のときに来日した過去を明かして親日家の一面を披露し、優良外人かと思われたのだが……。

 助っ人としては珍しいスイッチヒッターで、パワフルな右打席、確実性の高い左打席との触れ込みだった。唯一不安視されたのが,当時の中村勝広GM(1949〜2015)が“ビデオ映像を2分間観ただけで獲得を決めた”とする一部スポーツ紙の報道だ。

 そして案の定、その不安が的中する。オープン戦から開幕直後までは好調をキープしていたものの、早くも4月中旬には開幕から58打席連続無打点という、これまでの阪神の来日1年目の外国人選手としては球団ワーストの記録を作ってしまったのだ。

 こうして本塁打&打点とも0のまま、4月下旬に登録が抹消される。5月下旬に再登録されるも、そこでも7打数で5三振と結果が出せず、再び2軍落ち。公式戦終盤の9月下旬に帰国し、そのまま退団が決定してしまった。

 最終成績は、出場24試合で57打数10安打の打率1割7分5厘。本塁打と打点は共に0は、いまだに熱烈な虎党から“伝説”と囁かれている。このあまりの醜態に、次の助っ人外国人は1本塁打・1打点以上を記録したら“当たり”とネタにされたとかされなかったとか。

まだまだ続く“ポンコツ”伝説

 18年には、なんと阪神史上歴代外国人選手の入団1年目としては事実上の最高額とされる推定年俸3億4000万円にプラス出来高を加えた1年契約を結んだ外国人助っ人が来日した。ウィリン・ロサリオ(31)である。

 ロサリオは、春季キャンプの紅白戦や練習試合で打ちまくったことから、当初は“右のバース”との高評価を得た。

 ところが、開幕後はまったく打てなくなり、交流戦の頃には2軍に降格してしまった。とにかく外のスライダーに致命的に弱く、クルクルとバットが泳ぎ続けた結果、残した数字は75試合で打率が2割4分2厘で、8本塁打、40打点。8月には退団してしまった。

 しかしこんな成績でさえ、先の5人に比べれば、まともに見えてくる。如何に阪神フロントの外国人を見る目がないか分かろうというものだ。

 最後は昨シーズン途中の7月に加入したヤンガービス・ソラーテ(32)だ。シーズン終了までの単年契約も、17年WBCベネズエラ代表に選ばれた実績を持つ。両打ちのユーティリティプレイヤーで鳴り物入りでの入団だった。

 その評判通り、序盤は派手に活躍し、“セクシータイム”のニックネームとともにインパクトを残すが、まもなく攻守に精彩を欠き、わずか20試合で2軍落ちしてしまう。

 さらに追い打ちをかけるように「モチベーションが上がらない」という理由で職務を放棄、打率1割8分8厘、4本塁打、9打点という寂しい成績のまま、9月に帰国してしまった。まさに“グリーンウェルの再来”であった。

 そして今年のジャスティン・ボーアである。開幕戦からの4試合で16打席無安打という球団新記録を打ち立ててしまった(最終的には18打席連続無安打まで伸びた)。

 一方、7月1日の対中日ドラゴンズ戦では来日初本塁打を記録、9日の巨人戦では決勝2ランを放った。

 とはいえ、10日現在の成績は57打数12安打で打率2割3分5厘、3本塁打、9打点となっている。

 このままでは“バースの再来”という名のポンコツ外国人助っ人の烙印を押されることになりかねない。

上杉純也

週刊新潮WEB取材班編集

2020年7月11日 掲載