2003年、スーパーの風船からスタート

 対北「宣伝ビラ」に対する金与正(32)第1書記の”お怒り”が話題になったが、これに人生を捧げてきた男がいる。当初はビラが北に届かず技術的な改良を加え、そして風向きも読み、北からの猛抗議につながったという経緯がある。北朝鮮におもねる韓国は彼ら「風船団」の行動を問題視し、取り締まりの対象としているが、意に介す空気はない。「2~3千万ウォン(1ウォン=0.09円)かけて、1度に数十万枚のビラを風船で飛ばせば、北の政権は必ず崩壊する」と話す、対北風船団の団長イ・ミンボク氏インタビュー。

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 宣伝ビラ散布を巡り、一時は軍事報復も辞さない姿勢だった北朝鮮。その後、一方的に報復を撤回して小康状態に入ったかのように見えるが、実情は異なる。北朝鮮ではなく韓国政府は風船団の団長である私(イ・ミンボク)を含め、宣伝ビラを散布する者を取り締まり、マスコミも我々をネガティブに報道するのだった。

 私の故郷はDMZ(軍事休戦ライン)にほど近く、韓国から飛んできた宣伝ビラをかねてよく目にしていた。中には女性のヌード写真もあり、韓国は腐敗したブルジョア文化に支配されていると嫌悪感さえ覚えた。一方で、「北朝鮮の情報は虚偽で固められている」という文章を読み、それもあり得るかなとも思ったが、残念ながらそれを立証する証拠を小さなビラの中から確認することはできなかった。

 1986年に脱北した私は、4か国の国境を越え、3か国で収監生活を送り、6年目の年に国連難民機構(UNHCR)を訪れ、国連が認定した脱北難民第1号として夢に見たソウルに来ることができた。それから対北宣伝ビラから感じた不明瞭な疑問点を解こうと試みて、多くの資料を漁った。

 韓国に来てやりたいことは山ほどあったけれど、南の現実を直接見て肌で感じ、そのことを北朝鮮の住民に伝えたいと思うようになる。そして、宣伝ビラを風船に括りつけて飛ばすため、対北風船の開発に着手したのだった。

 2003年10月から「キリスト教脱北人連合」の支援を受け、最初はスーパーで売っている風船にビラを括りつけ飛ばしたが、北からは何の反応もない。当時は太陽政策で親北的な政権下にあり、北朝鮮政府に送金することで機嫌を取り、金大中大統領はピョンヤンに赴き統一ムードを演出した。そして、北朝鮮を誹謗中傷する宣伝ビラや拡声器放送は一切禁じられたのである。

 南の人々も北朝鮮の貧困や弾圧の現実に目を向けようとしない風潮の中、大型風船開発に寝る間を惜しんで邁進。そして一度に数万枚のビラを撒ける大型風船を完成させた。大型風船を飛ばし始めて1か月後、2005年8月より北朝鮮からオフィシャルな抗議が殺到し始める。民間人として開発した初の対北風船技術。これについて、ビラ散布を希望する別の対北団体には積極的に伝授した。10余りの団体と協力体制を取り、ビラの内容も更新を続け、文字通り対北宣伝活動に人生を捧げることになったのだ。

 私が飛ばすビラの狙いは、手にした北朝鮮の住民が3つのテーマを軸に疑問を持つことだ。首領偶像化、思想の仮面を被った主体宗教、美化・粉飾された虚構、がそれに当たる。

「ソ連はラジオによって崩壊した」

 大型風船を開発した2005年7月から2011年3月まで、北は37回にわたってビラの散布中断を強く要求してきた。政権にとって大きな脅威となっているのは間違いない。

 金一族が北の住民の目を逸らそうとしても、ビラに書かれている内容を読み、目に見えるモノが全てではないことに気づく。「地平線の向こうに違う世界、豊かな社会があることを教えてくれた」。それは、脱北者が私に直接話してくれたことだ。2~3千万ウォン(1ウォン=0.09円)かけて1度に数十万枚のビラを風船で飛ばすことができれば、北の政権は崩壊するだろう。

 ソ連生まれでピョンヤンに留学経験がある専門家のランコブ教授は、「ソ連は(韓国からの反共)ラジオ放送によって崩壊した」と結論付けており、その言葉は対北ビラの実効力を証明しているように思う。

 にもかかわらず、今日、韓国政府はこの対北ビラ散布について公権力を挙げて阻止を図っている。風船開発を行っている作業場は役所によって封鎖され、警察は家宅捜索を行い検察に告発しようとしているのだ。

 私はこれに屈するつもりはない。韓国の法律の範囲内で正々堂々、良心に従い対北ビラを飛ばし続ける。北が見せしめのように対南ビラを飛ばしたり、あるいはマスコミが騒ぎ立て私の行動を非難する風潮があるが、そんなことは気にせず、ビラが正確に北で撒かれるため、絶好の風が吹く機会を狙うだけだ。北に住む同胞を独裁のくびきから解き放つために、人生の全てを対北ビラに捧げる。

週刊新潮WEB取材班

2020年6月28日 掲載