海の向こうの半島が何やらキナ臭い。6月25日は朝鮮戦争開戦から70年という節目にあたるが、北緯38度線で分断された国同士の争いは終わりが見えない。そう実感させられる出来事が起こっているのだ。

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 その最たる事件は、北朝鮮の開城(ケソン)工業団地にあった南北共同連絡事務所の爆破だろう。韓国が総工費17億円をかけて民族融和の象徴としてプレゼントした建物が、北朝鮮によって木っ端みじんに粉砕されたのである。

 ソウル駐在記者が言う。

「きっかけは、5月31日に韓国の脱北者団体が『偽善者金正恩(キムジョンウン)!』と書かれたビラを風船につけ、北朝鮮の上空に向けて飛ばしたこと。ビラには金正恩氏(36)の顔写真と共に罵詈雑言が連ねられていた。これに激怒した北は、共同連絡事務所の破壊を予告して、6月16日に爆破してみせたのです」

〈南朝鮮の連中と決別する時が来たようだ〉

〈くずは、ゴミ箱に捨てなければならない〉

 こんな形で韓国を罵ったのは、爆破の実行を指揮したとされる金与正(キムヨジョン)女史(32)。最高指導者である金正恩氏の実妹だ。

 2年前の平昌五輪で外交の表舞台に立って以来、南北、米朝首脳会談の席に同行する姿は、「ほほえみ外交」として持て囃された。強面の兄とは対照的に韓国国内からも好感を得てきただけに、突如としてヒール役に変貌した理由は奈辺にあるのか。

 その謎を解き明かすためにも、改めて彼女の経歴を簡単に振り返っておこう。

「2000年代の初めまで、存在自体ほとんど認知されていませんでした」

 と話すのは、元毎日新聞中国総局長で、『「音楽狂」の国―将軍様とそのミュージシャンたち』の著者である西岡省二氏だ。

「公の場に初めて姿を現したのは、9年前に亡くなった父・金正日(キムジョンイル)氏の葬儀でした。彼女は金正日氏と高英姫(コヨンヒ)夫人との間にできた一人娘。家族で食事する時は必ず父が左隣に座らせるほど溺愛され、幼い頃から周囲に『コンジュニム(お姫様)』と呼ばれて育ったそうです」

 半島情勢に詳しい龍谷大学社会学部の李相哲教授は、

「ロシアの極東連邦管区大統領全権代表だったコンスタンチン・プリコフスキー氏は、回顧録の中で正日氏が“(三男の)正恩と与正は政治に関心がある。一方で(長男の)正男(ジョンナム)と(次男の)正哲(ジョンチョル)はビジネスに興味がある。できれば、正恩と与正を後継者にしたい”と語った旨を書いています」

 父親から一目置かれていたこともあり、後継候補の正恩氏と共に海外で英才教育を受けていたそうだ。

成績は兄より優秀

 毎日新聞論説委員の澤田克己氏が振り返る。

「08年8月に金正日が脳梗塞で倒れ、翌年1月には韓国の聯合ニュースが“金正恩が後継”と報じた当時、私はスイスのジュネーブ支局にいて、留学中の兄妹が通っていた小学校の独語講師を取材していました」

 その学校は、スイスの首都ベルンにある公立小学校で、北朝鮮大使館から4キロほど離れていたという。

「学籍記録を見ると、与正氏は96年4月23日、8歳の時に北朝鮮大使館員の娘チョンスンと偽名を使い、編入していました」(同)

 最終的に00年末頃まで滞在したと澤田氏が続ける。

「学校への送迎は複数の女性が交代で担当し、ちょっとでもお腹をこわしたらすぐに病院へ連れて行くような過保護の状態。小学校の講師は、“北朝鮮では餓死者が出るというニュースを聞いていたので、そんな国から来た子がぽっちゃりしていたのを不思議に思いました”と話していましたね。確かに、その当時の写真を見ると頬がぷくっとしていて少し太めに見えました」

 成績は兄より優秀で、英語や独語に仏語、日本語も堪能で、ダンスのレッスンも受けていた。

 帰国後の07年、北朝鮮の最高学府である金日成総合大学に入学。物理学を専攻するが、その頃に彼女の身に“異変”が起きた。

 さる在韓ジャーナリストが明かすには、

「祖父や父に似て肥満体型だった与正氏は、急激にやせ細った。水泳部に属していたので体を絞ったと言う人もいますが、韓国の情報機関では、クスリの中毒者だろう……なんて疑惑が絶えず囁かれていました」

 ここで言うクスリとは覚醒剤のこと。かの国では覚醒剤は「オルム(氷)」と呼ばれ、人民の間で乱用する者が後を絶たない。ゆえに、北でも所持や使用は非合法で処罰の対象だ。

「与正氏は骨結核という持病を抱えていると言われています。症状としては身体がだるくなり活動意欲も失われる。それを改善するためクスリに頼ってしまったのかもしれません。18年の平昌五輪では、彼女はソウルのグランド・ウォーカーヒルホテルに宿泊しましたが、韓国の国情院は部屋の残置物から、覚醒剤を使用した痕跡を掴んだとの話もあります」(同)

 今なお薬物中毒に陥っているとすれば、突如として罵詈雑言で韓国を挑発する豹変ぶりも理解できよう。

 その一方、与正氏を“鬼姫”に駆り立てるほど北の内情は緊迫の度合いを増している。背景には、健康不安説が燻る兄の長き不在が関係しているという。

 コリア国際研究所所長の朴斗鎮氏が解説する。

「金日成の生誕を祝う4月15日の太陽節に、正恩氏は欠席しました。その直前まで政治局会議を主宰し、最高人民会議への出席予定も報じられていたので、重病説から死亡説まで飛び交いましたが、5月2日に地方の肥料工場の視察が報じられ、ひとまず生存は確認されました」

 健在をアピールしたかったのか。北朝鮮の国営メディアは動画付きでその様子を紹介したが、正恩氏は満面の笑みを浮かべる一方で肉声は流されず、歩く時に足を引きずる姿も見せたことから、何らかの疾患を抱えているのではとの健康不安説が再燃してしまった。

 朴氏はこうも指摘する。

「正恩氏の手首には、黒い傷跡のようなものが残っていました。心臓のカテーテル手術のために、管を入れた痕跡ではないかという説もありますが、心臓病は再発するたびに重症化しやすい。彼は5月に2回、6月は1回しかその動静が伝えられておらず、兄の健康不安が顕在化する中で妹の台頭が始まったわけです」

 与正氏の肩書は、朝鮮労働党中央委員会組織指導部第1副部長で、実質的に正恩氏に次ぐ、ナンバー2の地位に就いたとされている。

 朝鮮半島問題を取材するジャーナリストの石高健次氏によれば、

「昨年は正恩氏や与正氏の叔父で、駐チェコ大使だった金平一(キムピョンイル)氏が31年ぶりに本国に呼び戻された。今年1月末には、長らく動静が不明だった正日氏の実妹・金敬姫(キムギョンヒ)氏が姿を現した。現在は妹・与正氏を前面に出している。『白頭山の血脈』が相次いで表に出てきたのです。正恩氏からすれば、もし自分の身に何かあれば、側近は一丸となって金一族を支えるのだ。そういう無言のメッセージのようにも見えます」

 白頭山は抗日パルチザンだった金日成が山籠もりをして戦い、息子の正日が生まれたとされる聖地。ゆえに、金ファミリーは「白頭山の血脈」を重視するのだ。

 改めて朴氏に聞くと、

「今の北朝鮮はトリプルパンチを喰らってすっかりグロッキーになっています。最高指導者の健康不安に加え、大統領選を控える米国は経済制裁の解除に応じる見込みはない。そこに新型コロナウイルスの蔓延が重なりました。北朝鮮は1月30日に中国との国境を完全封鎖しましたが、これは経済制裁下で唯一の頼みの綱であった中国との貿易を断ち切ることを意味します。朝鮮労働党幹部でありながら脱北した黄長ヨプ(ファンジャンヨプ)氏は、“中国との貿易を6カ月遮断したら金体制は崩壊する”と言っていましたが、中朝国境が封鎖されて、まもなく半年が経とうとしているのです」

 キナ臭い半島情勢。日本も“対岸の火事”でないだけに注視しておくべきだろう。

「週刊新潮」2020年7月2日号 掲載