エスパー米国防長官は9月16日、冷戦期の核抑止戦略を立案したことで知られるカリフォルニア州ランド研究所で「艦艇を現在の293隻から355隻に拡大するなど海軍力を全面的に見直すため、2045年までに数百億ドル規模の予算を投入する」ことを内容とする「フューチャー・フォワード計画」を発表した。艦艇数を増加するだけでなく、無人自律が可能な潜水艦や多様な空母搭載用航空機などを戦力として投入する予定としており、「未来の艦艇は空中と海上、水中での攻撃能力を飛躍的に向上させる」という。

 エスパー長官はまた「フューチャー・フォワード」計画が中国を念頭に置いたものであることを明確にした上で、「米国の最大の安全保障上の問題は中国であり、インド・太平洋地域は世界貿易のハブであるだけでなく、中国との覇権競争の中心であることから、米軍の最優先の戦場である」と述べた。さらに「日本を含む全同盟国に防衛費をGDP比2%以上に引き上げる」よう求めた。

 トランプ米大統領は2017年11月の東アジア訪問で、中国の「一帯一路」構想や海洋進出を念頭に、「安倍前首相が唱えていた『自由で開かれたインド太平洋』戦略を政権の新たなアジア太平洋戦略として採用した」ことを明らかにした。

 安倍前首相は2016年8月の第6回アフリカ開発会議で「日本は、アジアとアフリカをつなぐ太平洋とインド洋を自由と法の支配、市場経済を重んじる場として育て、豊かにする責任を担っている」として「自由で開かれたインド太平洋」戦略を提唱していた。

 米国の外交・安全保障政策に日本が追随するという従来のパターンと異なり、日本が主導する形で日米共通の新たな政策が構築されたことは画期的な出来事だった。

 その後、この構想に豪州とインドが加わったが、新型コロナウイルスのパンデミックにより米中の対立が急速に激化するにつれ、「自由で開かれたインド太平洋」戦略は軍事同盟的な色彩を帯び始めている。

 ビーガン米国務副長官は8月31日、米国・インド戦略的パートナーシップフォーラムが主催した討論会の場で「潜在的な中国の挑戦に対する防波堤として日米豪印の4カ国が中心となってインド太平洋地域に共通の価値観と利益を有する勢力を構築することを米国は目指しており、最終的には正式な組織として機能することを望んでいる」と述べた。ビーガン副長官の念頭にあるのは「インド太平洋版NATO」である。

 「自由で開かれたインド太平洋」戦略の参加国であるインドは当初、「中国の反発を招く」として中立的な立場をとっていたが、今年に入り中国との軍事的対立の高まったことで態度を一変させたのは、米国の戦略推進にとって大きなフォローの風である。

 「フューチャー・フォワード計画」を発表したエスパー長官は、インド太平洋地域内の集団安全保障体制の重要性にも触れ、「韓国は米国とともに中国に対抗する同盟国である」と位置づけた。米国と中国が軍事的に衝突した場合、韓国は米国を積極的に助けるべきだという意味だが、9月18日にエスパー長官と初めて会談する徐旭新国防部長官にとってはなんとも頭の痛い話である。在韓米軍の防衛負担金交渉や戦時統制権の移管などのこれまでの懸案に加え、さらなる難問が生じることになるからである。

アキレス腱は経済

 8月末に米国が提唱した「インド太平洋版NATO」構想について、中国は敏感に反応している。就任後初の米国訪問を控えていた韓国外交部第1次官は9月7日、駐韓中国大使と会ったが、中国側から「米国が提唱している『インド太平洋版NATO』構想に韓国は参加しない」よう要請があったとの観測が出ている(9月8日付朝鮮日報)。

 米国側も負けてはいない。ナッパー国務副次官補は9月17日ソウルで開催された「世界知識フォーラム」にテレビ会議で参加して、「自由民主主義など共通した価値と原則が現在インド・太平洋地域で脅かされている」として「民主主義と自由を大事にする中国共産党の最近の措置を懸念すべきだ」と言及した。韓国側は「5G装備と半導体などファーウエイとの取り引き中止の圧力が高まっている中、米中の体制競争で米国側に立つことを明確に求められた」と受けとめている(9月18日付中央日報)。

 韓国はこれまで、安全保障面では米国に依存しつつ、中国との良好な関係を保ちながら経済的なメリットを享受するという、いわば「いいとこ取り」を追求してきたが、今や不可能になりつつある。それどころか、対応を誤れば対立が深まる米中間で「股裂き」状態に陥ってしまうリスクすら生じているのである。

 新型コロナウイルスの封じ込めに成功した文在寅政権だが、アキレス腱は経済である。

 GDPに対する家計負債比率が97.9%と世界最高の水準にあり、大手企業の17.9%がゾンビ企業(営業活動で稼いだ利益が利子の支払いなどの金融費用を下回る状態にある企業)化しているなどマクロ経済運営の「綱渡り」の状態が続いている。

 このような不安定な状況下で自国の地政学リスクが上昇すれば、逃げ足の速い海外の投機マネーが流出してしまい、バブル崩壊が一気に現実味を帯びる。

 韓国は1997年に国際通貨基金(IMF)の管理下に置かれるという屈辱を味わっているが、今回の方が問題は深刻であるとの声が強い。

 安倍前首相の下で韓国は、日本の輸出管理の強化に悩まされたが、「自由で開かれたインド太平洋」戦略の方がより深刻なダメージになることにようやく気づき始めたのではないだろうか。

藤和彦
経済産業研究所上席研究員。経歴は1960年名古屋生まれ、1984年通商産業省(現・経済産業省)入省、2003年から内閣官房に出向(内閣情報調査室内閣情報分析官)、2016年より現職。

週刊新潮WEB取材班編集

2020年9月22日 掲載