トランプ米大統領は9月22日、国連総会の一般討論演説で「中国が新型コロナウイルスの感染初期に国内での移動を制限しながら、海外への渡航を認めたことで世界に感染を拡大させた。中国政府に事実上操作されている世界保健機関(WHO)は、人から人への感染を示す証拠はなく、無症状であれば感染拡大はないという誤った主張をした」と批判した上で、「国連は中国の行動に責任を取らせなければならない」と訴えた。

 一方、中国の習近平国家主席は「科学に基づく指針に沿って、WHOが全面的に主導的役割を担い、連携した国際的対応が必要だ。コロナを政治化し、汚名を着せようとする試みに反対しなければならない」とトランプ大統領を暗に批判した。中国の張軍国連大使も「中国は根拠のない非難に断固として反対する」と反論した。

 WHOも「1月14日時点で人から人への感染の可能性を伝え、2月以降は無症状や発症前の人からの感染についての可能性を指摘した」と対応の適切さを説明した。

 グテレス国連事務総長は米中の対立を受けて「世界が非常に危険な方向に向かっている」と危惧を表明したが、世界で最も大きな被害が出ている米国内で広がっている「怒り」を抑制するためには真相の究明が欠かせない。

 中国の新型コロナ対応に関する疑惑の中で最も根深いのは「新型コロナウイルスは中国の武漢市の研究所で人工的に作られた」という説である。

 9月14日、開放型情報プラットフォーム「Zenodo」に「新型コロナウイルスは武漢の実験室で人為的に作られた」とする主張を裏付ける科学的根拠を盛り込んだ論文が掲載された。投稿したのは米国に渡った中国出身のウイルス学者であり、「新型コロナウイルスが武漢の実験室で作られたことを立証する科学的根拠を中国疾病統制センター(CDC)と現地の医師らから得ている」としている。今回の論文は他の学者の検証を経たものではないが、論文の主な内容は(1)コロナウイルスは自然に発生するウイルスと一致しない生物学的な特性を見せることと、(2)コウモリのコロナウイルスを基に6カ月以内に人為的に作り出すことができることである。

 この論文について、中川草・東海大学医学部講師は「論文の中身全体は荒唐無稽である。科学的な議論ではなく、政治的な議論をしたがっているように思える」としている(9月17日付ハフポスト)が、森下竜一・大阪大学教授も新型コロナウイルスの起源についてかねてから積極的に発言している。

 森下氏は新型コロナウイルスのワクチン開発に取り組んでいるが、『どうする!?感染爆発!!日本はワクチン戦略を確立せよ』(ビジネス社)の中で、「中国中からコウモリ由来のコロナウイルスを集めた武漢の研究所が、病原性の高さを実証するために利用した実験動物(豚やウサギ)を症状が出ていないという理由で市場に横流し、それを食べた人が感染したのが始まりではないか」と述べている。

 実験動物を食べたかどうかはさて置くとしても、中川氏も「2003年のSARSコロナウイルスの流行後、中国はコウモリを中心として自然界に存在する様々なウイルスの同定を行う研究を精力的に進めてきた」ことを認めている。

 軍事的な意味合いではなく、防疫の観点からとはいえ、中国が危険なウイルスの取り扱いを誤ったのであれば問題だが、発生源特定のために8月に中国入りしたWHOの調査団はたいした成果を上げず手ぶらのままで帰国している。

 森下氏はまた「中国のワクチン開発の速さから逆算すると、昨年8月にワクチン開発を始めたことがわかる」という重大な指摘をしている。

 中国のワクチン開発企業のうち、シノバック・バイオテックとシノファームの2社は今年6月に第2段階の臨床試験を開始しているが、2社は不活化ワクチンという従来のワクチン製造法を採用している。

 従来のワクチン製造法は、まず最初に鶏の有精卵に不活化した(殺した)ウイルスを接種して、卵の中でウイルスを増殖させ、そのウイルスのタンパク質(抗原)を抽出して、人間の体内に打つことで抗体を作るという手法である。このやり方でワクチンを作るには、ウイルスを弱毒化するために1〜2カ月かかり、卵の中で増殖させるのに約4カ月の期間を要することになる。しかも新型コロナは未知のウイルスであることから、不活化する方法を探さなければならず、不活化したワクチンを打っても感染が起こらないことを確認する作業に3カ月以上はかかることになる。このような工程を積み上げ、かかる日数を足し合わせていくと、昨年12月に新型コロナウイルスが初めて武漢の研究所に持ち込まれたのではなく、昨年8月頃にワクチン開発を始めていたことになる。ハーバード大学が今年6月、「武漢市の病院への車の出入りを人工衛星からの写真で解析すると8月から急増していたことから、新型コロナウイルスの感染拡大は昨年8月に始まっていた」とする論文を発表しているが、昨年8月という時点が一致するのが興味深い。他の手法に比べて時間がかかる不活化ワクチンの開発が中国でのみ進んでいることが、中国政府が新型コロナウイルスの国内での感染拡大を隠蔽していた決定的な証拠になるというわけである。

 森下氏はさらに「WHOは発展途上国における感染症対策の組織であり、今回のように先進国で感染爆発が起きたときに対応できる専門家はいない。今回の経験を基に先進国でのパンデミック対策を行うような組織を新設すべきではないか」と貴重な提言を行っている。世界の専門家が主導する形で、今回のパンデミック対策をレビューするとともに、新たな組織作りについての青写真を描くことが求められているのではないだろうか。

藤和彦
経済産業研究所上席研究員。経歴は1960年名古屋生まれ、1984年通商産業省(現・経済産業省)入省、2003年から内閣官房に出向(内閣情報調査室内閣情報分析官)、2016年より現職。

週刊新潮WEB取材班編集

2020年9月29日 掲載