政府は殺害された公務員が自ら北朝鮮に行こうとして悲劇にあったと発表したが…

 韓国で2016年に明らかになった朴槿恵前政権の政治スキャンダル、いわゆる崔順実ゲートに匹敵する事件が発生し、大きな騒ぎとなっている。韓国海洋水産部の公務員が北朝鮮軍に射殺された上、遺体が焼かれて風に吹き飛ばされたのだ。

 米国なら即座に軍を投入して自国民殺害の報復に乗り出すほどの事件だが、北朝鮮に和平を求め続けてきた文在寅大統領は「非常に遺憾」と述べただけだった。

 韓国政府は殺害された公務員が自ら北朝鮮に行こうとして悲劇にあったと発表したが、納得できる内容ではなく、政府が故意に事実を隠蔽している疑義が提起され、韓国民と保守野党の反発が強まっている。

 文在寅大統領は、相変わらず、北朝鮮を庇う態度を貫いている。

北朝鮮による日本人拉致問題の解決を掲げる菅義偉首相が、自国民を殺した北朝鮮を「遺憾」の一言で片付ける文大統領を信頼して良いものか……疑問しかない。

 韓国政府の発表によると、9月21日午前11時30分頃、韓国西海岸・黄海の北方限界線(NLL)に近い延坪島の海上で、公務遂行中だった海洋水産部所属の公務員、李氏の行方がわからなくなった。

通報を受けた韓国海洋警察が捜索し、22日、北朝鮮海域で状況を確認した。

 海洋警察は、李氏が乗っていた船の中で彼の靴を発見し、李氏が行方不明になった場所をNLLから約10キロ離れた地点だと判断した。

北朝鮮に銃殺され焼かれた韓国公務員を「亡命」だと決めつける韓国軍

 韓国軍は23日、事件をメディアに公開。

李氏が北朝鮮近くの海上で行方不明となり、海洋警察と海軍、航空機を動員して捜索を行い、北朝鮮にも支援を要請したと発表した。

 翌日24日午前、韓国軍は李氏が死亡したと発表した。死因は北朝鮮軍による射殺で、その後、北朝鮮軍が遺体を燃やしたことが確認されたという内容だった。

 問題は、軍が発表した李氏が行方不明になった経緯の説明だ。それは以下の通り。

《李氏が北朝鮮に亡命するため、救命胴衣を着用して北朝鮮まで泳いで向かった。北朝鮮軍は李氏が亡命意思を表明したにもかかわらず、彼を銃で射殺し、さらに新型コロナウイルスの防疫のため遺体を燃やした》

 青瓦台(大統領府)は、捜査の結果を見守るとして軍の説明を否定しなかった。

 国民の多くは韓国軍の発表を鵜呑みにしてはいない。「信じられない」と政府や軍を非難する声が上がっている。

 最大の疑問は、李氏が果たして自ら亡命を求めたかだが、李氏のFacebookを見る限り、氏が韓国での生活を整理して北朝鮮に一人で行く理由が全く見当たらない。

 妻や娘と一緒に旅行に行った写真や息子が学校から貰った賞状の写真などが掲載され、今年6月9日には、ボランティア活動の写真をアップロードしている。

また書き込みには、職場の同僚や知人らと親しく交わすコメントが見受けられた。

 彼が家族を韓国に残し、2度と戻れないかもしれない北朝鮮に亡命したという韓国軍の発表には、ただただ唖然とするしかない

普通の人が28時間、泳ぎ続けることは不可能

 一部の韓国メディアは、李氏には借金があり、夫人との離婚の衝撃から亡命した可能性を提起した。

 しかし、これも事実ではなかった。李氏の家族は、韓国軍の発表とこれらメディアの報道に反発し、積極的にインタビューに応じている。

 李氏の兄は、弟が亡命する理由は絶対になく、北朝鮮軍の銃撃で死亡したと主張。

また、夫人とは離婚しておらず、借金も少額で家族が十分に肩代わりできる程度だと述べた。
 
李氏の兄はまた、韓国政府は亡命という荒唐無稽な発表をしたが、家族にこれを確認する連絡はなかったと明らかにした。

 百歩譲って、韓国軍が言うように李氏が亡命する意思があったとしても説明できない事柄がある。

李氏が行方不明になったとされる地点から、北朝鮮までは泳いで行ける距離ではないことだ。

 前述の通り、李氏が行方不明になったと推測される地点はNLLから約10キロ離れており、最も近い北朝鮮領土まで約21キロを泳いで行かなければならないことになる。

韓国軍が把握した北朝鮮軍が李氏を発見した日時は22日午後3時30分頃で、行方不明になった21日午前11時30分から28時間も海上にいたことになる。

 救命胴衣を着用していたとしても、普通の人が28時間、泳ぎ続けることは不可能だ。

海の波と低い水温で辿り着く前に死亡したという主張の方が、信憑性が高い。

李氏の死からわずか3時間後に文大統領は「終戦宣言」を提案

 韓国では、李氏死亡事件の発表に文在寅政権の政治的意図が秘められているという主張が提起されている。

 文在寅大統領は23日午前1時25分ごろ、UN 75周年の高官級会議で「韓半島終戦宣言」を提案した。

 韓国軍は李氏が北朝鮮軍に逮捕された事実を把握し、22日午後6時30分頃、国防長官と大統領府に報告した。李氏は北朝鮮軍によって殺され、同日10時頃、遺体が燃やされた。

 自国民が北朝鮮軍に逮捕され、まだ生きていたにもかかわらず救出できなかった文在寅大統領は、李氏の死亡から約3時間後に北朝鮮との終戦宣言を発表したことになる。

 自国民が無残にも殺害されたことを知りながら、大統領が片思いを続けているのに振り向いてくれない北朝鮮に「平和と終戦宣言」を唱えたのである。

 また、政府の国民に向けた公式発表が24日午前だったことも、事実の公開を遅らせる意図があったという疑義に繋がっている。

 大統領府は「文在寅大統領のUN会議の演説文は事前に作られた」とメディアに釈明した。

しかし、大統領府が李氏の死亡情報の報告を受けた23日、文在寅大統領はツイッターに北朝鮮との和平に言及するツイートを掲載している。

 演説文が事前に作られたかどうかとは関係なく、文在寅大統領の頭には、自国民の死より、自国民を殺した北朝鮮との和平を望む寝言を国民に伝える方を優先したい意図がありそうだという批判が起きているのだ。

 韓国軍はメディアに「北朝鮮が李氏を殺害するとは予想できなかった」と述べ、対応が疎かだったことを遅ればせながら認めた。

 保守野党は文在寅大統領を猛攻撃中だ。

韓国最大野党・国民の力に所属する国会議員は24日、国会に集結して「自国民が北朝鮮から残忍に殺された蛮行を大統領府が知っていたにもかかわらず、大統領が終戦宣言をUN会議で発表するため民間人銃撃事件を隠蔽した。国民を守るという国家の最小限の義務と責任を無視した行為だ」と、北朝鮮の非を訴え、文在寅大統領を糾弾した。

 韓国軍は北朝鮮に李氏の死亡に関する事実確認を要求する文書を23日に送ったが、24日時点でまだ回答はないと明らかにしている。

菅首相は、自国民を守らない文大統領と拉致問題解決で協力できるのか

 菅義偉首相は9月16日、就任後初の記者会見で「(北朝鮮による日本人)拉致問題解決に全力を傾ける」と述べた。

 菅首相は、安倍晋三前首相と親密になったきっかけは拉致問題解決だったと話すほど、以前から拉致問題に取り組んできた。

 日本国民を拉致しながら、いまだ彼らを本国に帰さない北朝鮮は、同じ言語を使う同じ民族の韓国国民を残忍にも殺害した。

 それにもかかわらず、韓国の大統領は自国民を保護するどころか、その死を「遺憾」という一言で片付けようとしている。

 北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長の妹にバカにされ、韓国民の税金300億ウォン(1ウォン=0.09円)以上を使って建てた南北連絡事務所を爆破されても、文在寅大統領の執拗な北朝鮮庇護に、国民は「あなたはどの国の大統領なのか」と質問を投げかける。

 李氏を殺害したのが北朝鮮軍ではなく、可能性は極めてゼロに近いが自衛隊だとして、反日を唱える文在寅政権は「遺憾」で終わらせただろうか。

おそらく、再び日本製品不買運動を扇動し、韓国に居住する日本人を罵って、強く対処しただろう。

 菅首相も拉致問題解決に文大統領が協力するかもしれないという期待は持たない方が良い。

文大統領は自国民が殺害されてもなお、終戦宣言と韓半島の和平にのみ強い関心を抱いている。

韓永(ハン・ヨン)
検察担当記者を経て現在フリー

週刊新潮WEB取材班編集

2020年9月27日 掲載