韓国の国会で

 失言や舌禍は、言葉を第一とする政治家やトップにとって命取りにもなる。森喜朗元首相が東京オリンピック・パラリンピック組織委員会の会長を辞したことで、それは改めて浮き彫りになった。森氏の家族は「悪気があるわけではない」などとインタビューに答えたりもしたが、たとえそれが「無意識の偏見」であっても、看過され難い案件であることもまた強く印象付けた。一方、韓国の政治家はどうか。彼らの中には、「悪意がある言葉」を投げかけ、自分たちの正義を押し付けてくる者も少なくないという。ここ最近の事例から、韓国在住ライター・藤原修一氏がレポートする。

 23日の午後、スマホから、「日本神社に行きましたね」というニュースのタイトルが目に入った。

 中央日報日本語版の報道で、「日本神社」という韓国語の表現をそのまま直訳した日本語に戸惑ったものの、「神社というからには、また靖国のことだろう。また始まったな」と思いながら、タップしてみた。

 すると、どこにも靖国のことなど書いていない。困惑しながらよく読んでみると、「日本神社」とは我が国にある一般の神社を意味していた。

 「日本神社に行きましたね」という質問が投げかけられたのは、22日に韓国の国会で開かれた環境労働委員会産業災害聴聞会の席上においてだった。

 与党「共に民主党」の蘆雄來(ノ・ウンレ)議員が、韓国最大の鉄鋼メーカー・ポスコ社の崔正友(チェ・ジョンウ)会長に対して、ポスコ社員による自社株の売買について質していたときのことだ。

 この聴聞会ではポスコ会長に対する批判が集中したとされ、そのなかで出てきた「日本神社に行きましたね」なのだから、会長を揶揄する目的があり、日本の神社に対する嫌悪感が込められているのは間違いない。

 実際の記事にはこうある。

おぞましいこと

《会長の訪日写真を公開して「東京で神社参拝に行きましたね、このようにしてもかまわないということなのですか」と叱責した。写真には、日本のある宗教施設で合掌している崔会長の後ろ姿が含まれている。チェ会長は「神社ではない」と否定した。ところが盧議員は、続けて説明しようとする崔会長の言葉を遮りながら「行ったことは認めるか」と再度尋ねた。これに対して崔会長は「2018年10月に世界鉄鋼協会総会中、休憩時間に韓国観光客が多く訪れる寺を訪問した」と答えた。続いて「(写真の)上段を見れば『寺』という字がある」とし「神社ではなくて寺」と強調した》

 崔会長が訪ねたのは東京・港区の増上寺だった。質問のときに蘆議員が公開した写真には「南無阿弥陀仏」と書かれているのが見える。

 蘆議員が寺だと分からないわけがなく、神社である必要があったのだろう。

 日本の神社に行くことは、韓国ではおぞましいことで、神社といえば朝鮮半島における日本支配の象徴なのである。

 ソウル旧市街地、明洞とソウル駅のあいだ、ソウルタワーのある南山には当時、朝鮮神社があった。

 そしてその跡地の片隅には、忌まわしき歴史を消し去ろうとでもするかのように伊藤博文を暗殺した安重根に関する記念館が建てられている。

 このような背景があって、韓国社会が神社に拒否反応を示してきたというのは何度も聞いてきた。

 だがその一方で、そうした感情は靖国神社を除いて、すでになくなったという風にも感じていた。

 韓国で日本語を勉強すれば、日本文化の項目に、神社の話が必ず入っているという。また、最近の韓国人は日本に旅行すれば浴衣を着て神社にお参りした姿を写真に撮って、インスタグラムにアップするというのは珍しくない。

 それでも韓国国会では、相変わらず神社に対する嫌悪感を露わにする発言が行われていたということになる。しかも、寺であることに気づかないフリをして、議員の正義を押し付けるような振る舞いだった。

1998年に日本文化は開放

 この一件は、他のメディアもこぞって伝えている。

 22日付ではソウル経済、聯合ニュース、23日付では東亜日報、朝鮮日報、世界日報などが挙がる。

 朝鮮日報の報道では、蘆議員は崔会長に「親日派」のレッテルを貼ろうとしていたと分析する。それにしても、韓国は1998年にすでに日本文化を開放している。神社もまた日本文化の一つなのは間違いない。

 蘆議員の発言は日本文化の排斥を志向するわけだが、日本の文化を開放しているにもかかわらず、議員の発言が正しいこととしてまかり通ってしまっている。

 国会議員としての質が問われてしかるべきなのに、彼に対する批判の声は一切上がらない。日本に歩み寄る姿勢を見せているとされる文在寅大統領や大統領府は沈黙したままだ。

 アメリカのバイデン大統領は、アメリカを中心とする日米韓の同盟関係を充実させようと水面下で動いていると盛んに報じられているが、果たして、このような状況の国と、どうやって手を携えていくべきなのか。暗澹たる気持ちになるニュースだった。

藤原修一
韓国在住ライター

デイリー新潮取材班編集

2021年2月26日 掲載