50歳のブル中野 115キロから現在55キロ〜歩行危機克服し15歳下夫に人生捧げる

50歳のブル中野 115キロから現在55キロ〜歩行危機克服し15歳下夫に人生捧げる

 プロレス界の“女帝”ブル中野が東京・中野に「ガールズ婆(ば)バー・中野のぶるちゃん」をオープンしたのは2011年2月。開店からママとして連日カウンターに入っていたが、体重増のために歩行困難となり、15年に減量の手段として胃を切除した。この2年は出勤をセーブ。後輩レスラーらのスタッフに支えられながら、月4回ほど店に出る。今年1月で50歳。女子プロレス解説やタレント活動、講演などで多忙な日々を過ごす。

 現役時代115キロだった体重は現在55キロ。高さ4メートルの金網からのダイビングギロチンドロップでファンを感動させた時代から現在まで、壮絶な体重の増減を繰り返してきた。

 1997年にリングからフェードアウトし、プロゴルファーを目指して3か月間で50キロ減量。10年間かけた挑戦を断念し、米国から帰国後に開店。12年1月の引退興行に向けて65キロから100キロに増量後、テレビの企画でダイエットしたが、普通の生活に戻ると90キロまでリバウンドし、体重が落ちずに足が動かなくなった。胃を切除手術して減量。水すら飲めない状況を克服し、人工関節を入れずに歩けるようになった。

 中野を支えるのが15歳下の夫で元キックボクサーの青木大輔氏。ジムで知り合い、10年2月に結婚。交際中は自分がブル中野だったことを隠していた。

 「彼は私が全女(全日本女子プロレス)でデビューした時に生まれているんですが、付き合っている時にインターネットで調べて『ブル中野なの?』と聞かれました。わざと地味な格好をしてたんですけど、『隠さなくてもいいじゃない。もっと楽しんだ方がいい』と。こうしなきゃいけないと自分で決めて狭くなっていたんですね、私の人生。私の引退式と一緒に彼の中でもムエタイの人生を終わらせたと聞き、この人のために残りを生きていこうと思いました」

 50歳の節目に思う。「15歳から30歳までプロレスをやって、その後も違うつらさを乗り越えて50歳まで来た。全女時代のトレーニングや人間関係を思えば何でもできるというのが一番の自信。ダンナという強いパートナーもでき、店には全女からの仲間がいる。幸せを共有できる人たちが周りにいます」。感謝を込め、ほほ笑んだ。(デイリースポーツ・北村泰介)

 ◆ブル中野(ぶる・なかの)1968年1月8日生まれ、埼玉県出身。本名・青木恵子(旧姓・中野)。83年に全女入門。ダンプ松本率いる「極悪同盟」加入でヒールに転向し、存在感を発揮。88年に「獄門党」を結成。90年代は善悪を超えた最強のカリスマとして頂点に君臨した。米WWF(現WWE)世界女子ヘビー級王座を獲得(93年)した唯一の日本人レスラー。

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