立派なあごひげ、「板垣死すとも自由は死せず」の名ゼリフ──板垣退助は、日本史の教科書に見る人物の中でも、とくに印象の強い政治家だ。しかし、教科書にある板垣についての記述は、「民撰議院設立建白書」を提出したとか、自由民権運動を指導したとか、その程度のものだったのでは?

 板垣の人となりについては、たとえば同じ時代に活躍した志士で、創作物も多い坂本龍馬などと比べ、知る機会が多くない。だが、教科書では英雄然としている板垣も、歴史小説の世界では、少年時代、釜でヒキガエルを煮てみたり、若い時分は農民にやりこめられたりと、愛すべきいたずら心や失敗のエピソードを持つ人物として描かれているのだ。

『自由は死せず』(門井慶喜/双葉社)

 そんな板垣の生涯を、『銀河鉄道の父』(講談社)で宮沢賢治を等身大の青年として描き出し、直木賞を受賞した作家・門井慶喜が描き切った。長編歴史小説『自由は死せず』(双葉社)である。

■父の虐待、不幸な家庭環境で寺子屋にもいかない悪童

 本作の主人公である板垣退助、幼名・乾猪之助は、土佐藩の上士の子として生まれた。ところが、彼の父は心を病んでおり、猪之助や母らに対し暴君のように振る舞う。殺伐とした家庭環境で、手のつけられない悪童に育った猪之助は、寺子屋や藩校へ行かず、『孫子』などの兵法書を読みふけっていた。黒船来航の報せを聞いてなお、「時勢を追うとは、流行を追うことじゃ」と天邪鬼にも無関心を決め込んでいたのである。

■日本を世界で通用する国に! めきめき頭角を現すように…

 そんな彼も、藩政に取り立てられてからは時勢を見極めるようになった。日本が世界で生きていくために、政権担当能力のない幕府をほろぼし、堕落した武士の世を終わらせ、身分に関係なくすべての人が世を動かすようにならなければという、革命論に近い考えを持って動くようになるのだ。

 退助はめきめきと頭角を現し、やがて起こった戊辰戦争では、幼少期から待ち焦がれたいくさの場で、官軍の指揮官として活躍した。が、その戦いのさなか、「人が死ぬ」といういくさの本質、その非合理性に気づいてしまう。このいくさに決着をつけたところで、武士が武士に勝ったというだけの話だ。その内実は、大規模かつ公的な私闘ではないか。その後、いくさの場から政治の世界に移った退助は、士族に戦場のかわりに言論の場をあたえる自由民権運動に身を投じることになるのだが……。

 板垣は、人気のある幕末史の表舞台に出ずっぱりの人物ではない。けれど、本書を読み進めるうちに、時流から距離を取り続けた彼だからこそ見えるものがあったのだろうと思えてくる。同時に、そうして時代を支えた人物も、父に抗い、亡き母を偲び、大きな仕事をしたいと望み、戦争に虚しさを覚えるひとりの人間だったのだと思い知る。本書が557ページに及ぶ大作ながら一気に読めてしまえるのは、著者の描き出す「板垣退助」という人が、生きている時代や立場は違えど、わたしたち現代の読者にごく身近なものと感じられるからだ。

 幕末から維新を駆け抜けた日本のリーダー・板垣退助。その等身大の生涯からは、激動の時代を生き抜くためのヒントを読み取ることができる。板垣退助没後100年となる2019年は、元号が変わり、時代の動きを体感した人も多いはず。令和の世に、ぜひすすめたい一冊だ。

文=三田ゆき