『「その日」の前に』は、終末ケアを受ける20人の肖像と直筆の手紙で綴るラスト・インタビュー。特に目立つ人たちではない、多くは数日後にはこの世から去ることになる彼らがカメラにどのような表情を向け、何を話し、書いたか。「死」とはそして「生きること」とは何か。

Chuck
チャック

愛というのは、心の奥底にあって、本当に感じられるものだ
愛は、人生最大の喜びだ。そう思わずにはいられない

 私はがっかりした。

 38年間、ロッキード・マーティン社で研究と開発に携わっていたんだが、会社はそれを大量生産化しようとした。

 研究と開発を大量生産化するなんて、できるはずがないじゃないか。

 私の信仰はたぶん祖母譲りだ。祖母は敬虔なキリスト教徒だった。

 みんなから愛され、みんなを愛し、人生を愛していた。

 祖母はよくこう言っていた。

「神の名のもとにふたり以上が集まったら、それはもう教会。どこかの山の上にひとりでぽつんと座っていることもできるけれど、でも、ひとりでいたって、そこにはふたりいるの。あなたとキリスト」。

 その言葉が私の人生を決定づけた。私は本当に神を信じている。

 私は人生をエンジョイした。よく思い出すのは子ども時代のことだ。

 よく兄弟と野球をやった。よくママもいっしょにやった。

 もう少し大きくなって、オフロード・オートバイを始めると、ママもバイクを買って、息子たちといっしょに走った。

 どんなときが幸せだったか、って?

 そのリストのいちばん上に来るのはサリーと結婚したときだ。

 35年間いっしょに暮らした。結婚するまで、私は1年間彼女にアタックし続けた。

 初めて会ってすぐに恋に落ちたんだが、彼女のほうではそうじゃないということはわかっていた。彼女が折れるまで1年以上かかった。

 とにかく口説き続けた。何度となく、こう言った。

「僕はずっと君のことを追いかけ続けるよ。君以外には考えられないんだ」。

 ある日、とうとう彼女は「いいわ」と言ってくれた。

 あれは人生最高の日だった。その日の細かいことは何も覚えていない。

 とにかく何度も求婚したからね。ほとんど毎日さ。ついに、カンザス州のオタワで結婚した。牧師が「生涯愛しますか」と訊いたとき、私は「愛します」と叫んだ。

 けっして怒鳴るつもりじゃなかったが、思わず叫んでしまった。

 彼女は、それ以来ずっと心の友だった。

 後悔? そうだなあ、未来の妻と出会って、ママを傷つけたことかな。

 ずっとママといっしょにいるつもりだったからね。

 でも、ママだって、それを乗り越えるべきさ。

 幸せな一生だった。

 当たり前かもしれないが、人生は、生きているうちしか楽しめない。

 いつでも精一杯生きたと言う自信はないけれど、じゅうぶんに楽しんだ。

 やりたいことを全部やったわけじゃない。

 体のことは、また元気になりたいが、精神的にはもうじゅうぶんだ。

 愛というのは、心の奥底にあって、本当に感じられるものだ。

 誰かが自分のことを愛してくれるっていうのは、とてもいい気持ちだ。

 本当にうれしいものだ。うまく説明できないが。

 愛は、人生最大の喜びだ。そう思わずにはいられない。

 永遠の生命? そんなもの、いらないね。

 世界というのは人間がつくるものだ。

 幸福な人生を送っている人も、惨めな人生を送っている人もいるが、私に言わせれば、自分から進んで惨めな生活をしている人が多いね。

Chuck’s letter
チャックの手紙

 私は35歳まで両親の家にいた。

 ロッキード社に39年勤めた。

 1974年に妻と出会い、75年に結婚した。

 35年間、結婚生活を送った。

 妻は糖尿病で2010年2月に亡くなった。

 彼女は私に会う前に一度結婚していて、大きな娘がふたりいる。

チャック