工事現場の傍らに立ち、車や歩行者の交通誘導をする「交通誘導警備員」(以降、交通誘導員)は街なかでよく見かける存在だが、その生態ともいうべき詳しい情報はあまり知られていない。

『交通誘導員ヨレヨレ日記』(柏耕一/フォレスト出版)は、知られざる交通誘導員の生態を悲哀や笑いを交えて描く。著者は、編集とライターを本業としながら“ワケあって”交通誘導員のアルバイトをかけもつ柏耕一さん。御年73。柏さんいわく交通誘導員をテーマにしたノンフィクションは、おそらくこの本がはじめてだとか。

 本書では、交通誘導員として体験した2年半の様々な出来事を日記形式でつづる。その内容は悲しいかな、ほとんどすべて交通誘導員の愚痴だ。愚痴は言い過ぎでも、「交通誘導員のやりがい!」とか「交通誘導員をやってよかった!」という“楽しい”や“嬉しい”の感情はどこにも見当たらなかった。

交通誘導員のありがちな体験談

 具体的なエピソードを取り上げてみよう。あるとき柏さんは、目黒区八雲で行われたガス工事の現場に立った。その仕事は、工事現場を通り抜けようとする車を停めてドライバーに迂回を促す、車両通行止めの「立哨」。しかし現場関係者や近くのマンションに住む人の車は、融通をきかせて通さなければならない。

 すると赤い車が、現場関係者の車の後ろにぴたりとくっついて、工事現場を通り抜けようとしてきた。柏さんは慌てて車を停める。

「すみません、まっすぐ通り抜けることはできません。どちらへ行かれます?」

 すると中年女性のドライバーが窓を開けて「すぐそこよ。あそこのマンション」と指さす。どうにも表現があいまいだ。柏さんは根気強く何回も確認して、「このドライバーは近くのマンションの住人だ」という結論に至り、通した。

 ところが赤い車は工事現場を直進! もちろん工事関係者ともめた挙句、工事を中断させて通るための道を突貫で作らせ、走り去っていった。柏さんは何回も根気強く確認した一方、この中年女性も直進したいがために何回も根気強くウソをついたのである。

 すぐに監督がやってきて、「いったいあんたは何のためにそこに立っているんだよ?」と詰問。柏さんが弁解すると、「あのドライバーは、ガードマンに真っすぐ通れますと説明された、と言っていたぞ。しょうがねえな」と怒りをトーンダウンさせながら監督は現場に戻ったそうだ。

警備業はサービス業

 私たちにしてみれば「とんでもないな!」と憤慨するエピソードだが、どうやら柏さんにとっては日常茶飯事らしい。本書でつづられる日記の一部をざっと抜き出してみよう。

 交通誘導員にとって工事現場の監督のご機嫌伺いは、現場での仕事を円満にする大事な要素。だから工事現場の仮設トイレの撤収を、本来仕事の範疇ではない交通誘導員が手伝うことに。柏さんも渋々手伝ったのだが、不慣れな作業に一人が失敗して仮設トイレが転倒。現場に汚物がジャーッと流れ出し……。

 柏さんが繁忙期の神社で駐車場警備の仕事をしたとき。満車になってしまったので、車で訪れる参拝客に他の駐車場を案内していたのだが、イライラした女性ドライバーから金切り声で文句を言われる。さらに交通誘導員の誘導を無視した男性ドライバーから罵詈雑言の難癖をつけられる。普通なら怒り狂って応戦する場面でも、柏さんいわく「警備業はサービス業であり忍耐業」なので、どこかおかしなドライバーとも粘り強く接しなければならない。

 とにかく本書で印象に残るのは、工事現場の監督や警備を依頼するクライアント、車のドライバーをはじめとする通行人から理不尽な言葉を浴びせられ、ときには仕事仲間である警備員同士で罵り合い、それでも口をつぐんで頭を下げてやり過ごす交通誘導員の耐え忍ぶ姿だ。

交通誘導員は最底辺の職業

 柏さんは本書で「交通誘導員は誰でもなれる職業」と表現。そればかりか柏さんの仕事仲間は「最底辺の職業」と自嘲する。ところがそんな仕事であっても、「できる人」と「できない人」の能力差が存在するという。

「できない人」の特徴は「空気を読まない」「注意力散漫」など、交通誘導員としてあるまじき人らしいのだが、驚くべきことに彼らは会社からクビにされることはあまりない(もちろん目に余るようなら解雇される)。なぜなら交通誘導員は慢性的な人手不足で、彼らを解雇しても、ゾンビのようにまた「できない人」がわいて出てくるからだそうだ。

 柏さんの証言では、彼らの日当は1日9000円前後。現場や繁忙期かどうかで額は前後するが、お金に見合っていないのは間違いない。本書で「日本社会の縮図」という表現を見つけたときは、どうにもやりきれない思いが心を巡った。

 知られざる交通誘導員の生態はまさしく悲哀に満ちている。柏さんは日記の中に“笑い”も織り込んだつもりのようだが、どうにも私は素直に笑えなかった。彼らの働く姿に感謝の念を抱く。

 職業に貴賤はない。どんな仕事であっても頑張って働く人がいるから、日本社会が成り立っているのである。

文=いのうえゆきひろ