雑誌『ダ・ヴィンチ』で好評連載中(現在は3か月に一度の掲載)、星野源のエッセイ「いのちの車窓から」。2017年に単行本化され30万部を突破した著書『いのちの車窓から』と、単行本未収録分のエッセイのなかから厳選10本を5回にわけて特別公開いたします!(※1日2本ずつ毎日更新/配信期間は2020年4月29日〜6月30日まで)

『いのちの車窓から』(星野源/KADOKAWA)

YELLOW VOYAGE(『ダ・ヴィンチ』2016年5月号に掲載)

 何かしんどい時には、すべてが終わった「その直後」を思い浮かべる。

 例えば主演映画が決まり、クランクインした撮影が終わるのは2カ月後、まだまだ先は長く、すでにプレッシャーに押しつぶされそうで息苦しい。そんな時にはその仕事が成功に終わり、直後に一人でホッとしている様子を思い浮かべる。現在という名の適度な重さの野球ボールを、その辛い期間が終わった随分先にいる自分へ届くように思いっきり高く、遠くに投げるように想像する。

 するとそこまで自分がワープする。

 ハッと気がつき時計を見ると、2カ月が経過しすべてが終わっていて、仕事も成功に終わっているし、楽しい思い出と共にやり遂げた充実感が心を満たしている。そこまでタイムリープしたような感覚に陥る。

 昔から、辛い時にはそうやってすべてが終わったゴールの先を想像していた。もちろん、実際にワープするわけでもないし、ゴールまでの経過の時間が早送りになるとか、その間の記憶がなくなるということではない。

「しんどい時が終わった自分をしっかり想像する」という行為は、物事は必ず終わるのだという単純なことに心から気づくための準備運動みたいなものだ。

 迫り来る締め切り、宿題、急に襲いかかってきた病気、災害など、その状況が辛ければ辛いほど頭ではわかっていても「じゃあ前向きに頑張ろう」なんて即座に捉えられるものではない。

 しかし、心から物事の終わりが感じられれば「うまくいかないかもしれない」「失敗するかもしれない」などと毎日考え、緊張や自分への励ましなどに時間を取られることがなくなり、必ず終わりが来るのだからと素直に目の前のことに集中できる。

 集中できていると時間の進みも早く感じてくる。嫌だ嫌だと思っていると時間が長く感じる現象とは逆で、気がつけば山は越え、そこまでワープしたかのように、しんどい時期は早々に終わっているのだ。

 2016年3月頭。日本武道館、そして大阪城ホールでの追加公演を残し、全国ツアー『YELLOW VOYAGE』はファイナルの広島公演のみとなった。

 新幹線に乗り、広島へと向かう4時間ほどの旅の中でコーヒーを飲んでいてふと思った。

 今回ワープしてない。終わった後の自分を想像してない。なぜだろうと考えているとすぐに答えが見つかった。

 辛くないからだ。

 以前はライブが苦手でツアーが嫌で、いつも早く終わってほしいと思っていた。客前の本番は楽しいけれど、そこまでの準備は大変だ。持久力がなく、いつも声や喉のケアをすることに四苦八苦していて、終わるまでの長期間が不安で仕方なかった。ツアー先でも観光などせず、風邪をひいたり、体調を悪くしないように一歩も外に出ないようにじっとしていた。

 今回はどうだろう。事務所のみんなが自分の体調を鑑み、公演が続かないように日程の間隔を空け、その間仕事がなるべく入らないようにしてくれた。移動もリハーサルもすべて、負担がかからないように気を遣ってくれた。体調や喉のケアの仕方も勉強して効果的な方法を見つけ、なるべく良い体制を整えられるようになった。

 自分も含む現場スタッフのみんながほぼ同じ方向を見て、より良い公演を目指して切磋琢磨しながら仕事ができているように感じる。そして公演を重ねるごとにプレイヤーたちが奏でる音の練度が上がり、絆も強まる。そして何より今回のツアーはお客さんが素晴らしい。

 数万人規模のアリーナ公演、数千人の規模のホール公演そのどちらでも、その一人一人が、ばらばらに自分の踊りを踊っていた。客席の動きが統一感なく、ぐちゃぐちゃだった。

 そんなことってあまりないのだ。

 日本のどんなアーティストのどんなライブ会場でも、客席の全員がばらばらに踊る様は、今まで残念ながら見ることはできなかった。演じる側が促し、手を左右に振る動きや一斉にステージを指す動きなど、客全員で合わせる動きをするのが普通だった。

 もちろん、日本人は周りと違うことに不安を感じてしまう国民性なので仕方のないことではある。けれど幼い頃に外国のライブや音楽フェスの映像を家で観せられた時、何にワクワクしたかといえば、演者のパフォーマンスに加え、大勢でいるのにそれぞれ個人で好きに楽しんでいる客席に他ならなかったし、いつかその様を自分のステージから見てみたいと思っていた。「そうなれ!」と祈りながらアルバム『YELLOW DANCER』を制作した。その様がツアー中、毎会場で必ず見られるその幸福感。いつも嬉しくて泣きそうになる。

 自分は音楽が好きで、音楽が鳴っている場所が好きだ。そして、そこで一人一人ばらばらに、大勢で個人的に音楽を楽しむみんなを見ていることが大好きである。

 音楽は本当に楽しい。

 そう思ったところで新幹線は広島に到着した。4時間あった移動時間が、ワープしたかのように一瞬に感じた。

※単行本『いのちの車窓から』は『ダ・ヴィンチ』2014年12月号〜2017年2月に掲載されたエッセイを加筆修正しまとめたものです。公開するエッセイは、執筆されたその当時のまま掲載しております。